成果報告
2016年度
日本式介護サービスの理論と実践の知見を中国へ移植することに関する研究
- 日本女子大学人間社会学部 教授
- 沈 潔
近年、日本式介護サービスの海外進出は、政府と実業界の新たな成長戦略として注目されている。しかしながら、日本式介護サービスを海外のアジア諸国に直接適用し、普及させていくためには、現地の文化や関連する諸制度・諸政策、現地の介護サービス関連業者との関係など、多くの点で乗り越えるべき課題が存在していることが予想される。このため、本研究の目的は、中国への日本式介護サービスの適用/移植を事例として、日本式介護サービスの海外での運用展開のあり方を検討すること、さらに、日本式介護サービスを海外で実施することの可能性と制約条件に関する研究の理論枠組を提示することにある。
以上の問題意識を踏まえ、本研究では下記の現地調査、およびシンポジウムを実行した。
第一に、2016年8月20日~26日にわたり、北京市と大連市の日系介護施設に対してフィールドワーク調査を行った。その結果、日本式介護サービスを現地で適応する際には、高齢者の生活習慣、家族の本人に対する介護観、現地の介護政策等を的確に把握したうえで、サービスの内容を臨機応変に調整していくことで、現地で受容されるものとして、日本式介護サービスを大きく成長させていくことができることを確認した。
第二に、2016年12月16日、日本女子大学にて、第一弾となるシンポジウム「高齢者介護制度の日本経験の伝播」を主催した。この成果として、以下の三点が挙げられる。①日本国立社会保障・人口問題研究所、中国老齢科学研究センター、企業家らに問題意識を共有してもらい、それぞれの立場からの意見を伺うことができたこと。②日本の高齢者福祉分野での知見と経験を、中国の研究者および実務家に伝授することができたこと。③ともに超高齢社会を迎える日本と中国との間で、国際共同研究の基盤を構築することができたこと、である。
2016年12月25日には、上海市において、第二弾となるシンポジウム「小規模多機能型コミュニティ介護施設の設計と運用――中国における日本式介護の示唆と課題」を、中国復旦大学と協力して共催することができた。まず上海市の介護事業者、蘇州市と大連市の日系介護事業者を招き、日本の小規模多機能の経験を中国に伝授することができた。同時に、現地の介護事業者から、日系介護事業者に対して、日本式介護サービスを現地化する際の課題となるポイントが報告された。この結果、①中国の介護市場において、日本式介護サービスは十分な競争力を有していることが確認された。②ひとつの成功モデルを提示することで、政府と市場から多くの資源を集めることが可能になり、今後、日本式介護サービスが急成長していく可能性についても確認された。③日本式介護サービスを現地化する際には、介護職員の研修が重要な役割をもっていること、またケアマネ機能の代替システムを創出する必要性が示された。④復旦大学の高齢社会研究チームとの間で、今後につながる共同研究体制を構築することができた。⑤介護サービス導入にともなう研究を開始するにあたって、上海YMCAが運営する介護施設「華愛長者照護之家」から、今後の調査協力について認可を得た。
以上、これまでの研究活動を通して日本式介護サービスの中国進出の可能性を検討した。そして、本研究の問題意識を日中両国の介護サービスに携わる関係者との間で広く共有し、研究ネットワーク、および今後の研究フィールドを築くことができた。今後は日本式介護サービスの移植運用過程を詳細に観察し、記録し、整理していくことで、日本式介護サービスの海外進出の戦略と技法をまとめ、研究成果として発表し、日本の介護サービス事業の海外進出に大いに役立つものとしたい。
2017年9月