成果報告
2016年度
戦後政治学の発達過程
-第一人者へのオーラル・ヒストリーを通して-
- 神戸大学大学院国際文化学研究科 准教授
- 近藤 正基
1 研究の目的
本研究は、戦後日本における実証主義的な政治学の発達過程について、その第一人者である政治学者のオーラル・ヒストリーを通して明らかにしようとするものである。1970年代末以降、日本の政治学は大きく変化してきた。これは、アメリカ留学の経験をもつ新世代の政治学者が実証主義的方法を導入し、高い水準の分析手法と理論によって、本格的な現代日本政治分析や多国間比較などの分野を切り開いたことによる。本研究は、その第一人者のライフヒストリーの聞取りを通して、こうした政治学の変化を跡付けるものである。
政治学の第一線を開拓してきた彼のライフヒストリーは、日本の政治学の歴史そのものといえる。ライフヒストリーという観点をとることで、彼の記念碑的著作の形成過程、問題意識、当時の大学や学界の状況などが具体的に明らかになる。これらは、日本政治学史の発達過程を明らかにするために重要なだけでなく、戦後日本の学問、大学、学生運動などに関する歴史的資料としての価値を有するものである。
2 本研究で得られた知見
本年度は2016年8月、9月、10月、11月、12月、2017年1月、3月、6月の計8回にわたって当該政治学者から聞取りを行った。これは1960年代の大学生時代から、90年代までにあたる。
聞取りでは興味深いエピソードが数多く語られたが、ここでは3点に絞って挙げる。第一は、学生運動との関わりである。彼の研究テーマや分析視角には、同世代の研究者に共通することだが1960年代の学生運動からの影響があると見られていた。今回の聞取りで、学生運動のセクトとの彼の具体的な関わりが、豊富なエピソードによって明らかになった。例えば、彼の学生運動との距離のとり方は、60年代前半と後半とでは大きく異なり、それは経済成長や民主化の定着など社会の変化を反映したものだった。
第二は、アメリカ留学時のことである。彼は一般に、アメリカ留学によって当時最先端のポリティカル・サイエンスのシャワーを浴び、これを日本に導入したというイメージが強い。しかし実際には、政治思想史を含む多様なコースワークを受けており、その時に思想史の論考も書いている。彼の方法が確立するのは、むしろ帰国後であった。インタビューの中で彼は、留学前と後において、自分の考えていた政治学のイメージについて語った。
第三は、政治学界の「政治」に対する関与である。彼が創刊メンバーに加わった政治学専門誌について、その具体的経緯や周囲の反応が明らかになった。また、学会では種々の改革を行った。こうしたエポックとなる出来事の当事者として、その意図や背景が語られ、いわゆるレヴァイアサングループの政治学がどのように展開されていったかが明らかになった。
以上を含め、今回の聞取りで初めて明らかになったことは数多い。これらは、日本政治学史が単線的に発展したものではなく、複合的な経緯をもつことを示すものである。
2017年8月