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研究助成

成果報告

人文科学、社会科学に関する学際的グループ研究助成

2016年度

多民族化が進むEU国境地域における多文化共生社会の可能性

東京学芸大学教育学部 教授
加賀美 雅弘

地域統合が進むEU(欧州連合)では、国境を越えた人の移動が激化し、異なる文化の接触機会がますます増えている。特にEU国境地域では、さまざまな民族集団が居住しており、多文化性を強く帯びた環境がみられる。その結果、国境地域では多様な文化集団の共生が大きな課題になっている。

本研究は、オーストリア・ハンガリー国境地帯を取り上げ、特にオーストリア最東端のブルゲンラント州Burgenlandとハンガリー西部のニュガト・ドゥナーントゥール地区Nyugat-Dunántúlを調査対象とした。オーストリア側では、住民の大多数を占めるドイツ語系のほか、ハンガリー語系とクロアチア語系、さらにこの地域に長く居住するロマニ語系(ロマ人)が少数集団としてあげられる。一方,ハンガリー側では,大多数のハンガリー語系のほかにドイツ語系やロマニ語系が居住している。また,近年はEU域外から流入する外国人も増加傾向にある。そこで、これらの地域で進行している多様な言語集団をめぐる政策と住民の取組みに目を向け、現地調査に基づいて多文化共生の可能性を考察した。

1.得られた知見 具体的な調査対象地域は,EUの統計地区(NUTS 3)のうち、オーストリア側は中部ブルゲンラント地区Mittelburgenland、ハンガリー側はジェール・モション・ショプロン地区Győr-Moson-Sopronである。ここでは中部ブルゲンラント地区の都市,オーバーワートOberwartの概要を述べる。

オーバーワートの人口構成(2010年)は、ドイツ語系73%、ハンガリー語系17.5%、クロアチア語系3.5%、さらにロマニ語系からなり、国内有数の多民族都市の様相を呈する。オーストリアでは、1993年にこれらの言語集団が正規の少数民族集団として認定されて以来、学校教育での言語・文化教育が積極的に取り組まれている。二言語学校はその成果の一つであり、少数民族集団の言語と文化を尊重した教育に力が入れられている。現地調査で訪問した二言語学校(ギムナジウム)は、1992年に開校し、ハンガリー語系とクロアチア語系向けの二言語教育を実施している。具体的には、地理・歴史・音楽などの授業が少数言語によって行われている。このほか、行政によるロマ人支援策が進められており、2011年にはブルゲンラントのロマニ語がユネスコの無形文化遺産に登録されるなど、保護の動きが目立っている。しかし、1995年のロマ人襲撃事件の記憶をとどめる記念碑が市内に建てられる一方で,オーストリア社会には少数民族集団に対する抵抗意識もあり、差別や排除の動きがあることも見逃せない。

2.進捗状況 文献収集やインターネットを利用した現地情報の収集、オーストリアでの現地調査などにより、国境地域の多民族性に関する資料収集を進めた。オーストリアの少数民族政策(特に学校教育)やブルゲンラント州における少数民族団体の活動に関する資料収集により、オーストリアにおける少数民族集団が直面する問題点が見えてきた。また、オーストリア科学アカデミーとオーストリア統計局で資料収集を行ったほか、オーバーワートの二言語学校を訪問し、少数言語集団を対象にした教育に関する聞き取り調査により、少数民族集団の現状を把握することができた。

今後は、これまで収集した資料を分析・整理した上で、2017年度末を目標にして本研究の主要成果をまとめて公表する予定である。EUが目標として掲げる「多様性の中の統合」において、国境地域が直面する多文化共生の課題を具体的に提示することが、ヨーロッパの理解を深めることになるものと期待している。

2017年8月


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