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研究助成

成果報告

人文科学、社会科学に関する学際的グループ研究助成

2016年度

冷戦下の文化的コンフリクトをめぐる環太平洋的研究
-移動・マイノリティ・ジェンダー-

大阪大学大学院文学研究科 准教授
宇野田 尚哉

冷戦は,世界が相対立する2つの陣営に分断される経験であると同時に,分断のもとでの脅威や抑圧や暴力に抗する思想や運動が国境を超えて結びつく経験でもあった。本研究の目的は,そのような視座のもと,冷戦下の日本の経験を,東アジア-日本-アメリカを結ぶトランスパシフィックなつながりのうちに位置づけなおし,国際的な共同研究によりそのグローバルな意味を開示することである。その際,本研究は,東アジアにおける冷戦のあり方を強く規定した2つの局地的熱戦(朝鮮戦争とベトナム戦争)の時期の社会的,文化的コンフリクトに注目する。政治ではなく文化に注目するという点が,本研究の方法的視座として重要な点であり,本研究は,文化的コンフリクトに注目することにより,無名の人びとによって生きられた冷戦経験の意味を,その個別性・具体性を大切にしつつも,グローバルな観点から,明らかにしようとする。そのようにすることで冷戦の経験にこれまでとは異なる光をあてることが,本国際共同研究の目的である。

2つの時期のうち,朝鮮戦争期については,その前後を含む時期の在日文学をさしあたっての具体的対象として,日韓間・日米間で資料についての情報を共有しながらその解釈をめぐって対話するという作業を開始した。当該期の資料を発掘収集し共有するだけでも骨の折れる作業であり,それを解釈し対話を深めていく作業はまだ緒に就いたばかりであるが,2016年12月に刊行された宇野田尚哉・鳥羽耕史ほか編『「「サークルの時代」を読む:戦後文化運動研究への招待』(影書房)を基本的な前提とするかたちで,議論の空間が構築されつつあり,今後,対象の幅,議論の幅を広げていく予定である。

2つの時期のうち,ベトナム戦争期については,当該期の反戦運動のトランスパシフィックな連鎖,また,アメリカにおける公民権運動の高揚のトランスパシフィックな影響などについての議論を深めつつある。前者についていえば,そこには,沖縄を含む日本とアメリカとの反戦運動における連鎖という問題に加えて,韓国人脱走兵への支援運動といった問題も含まれており,問題の射程は日米間にとどまらない。また,後者についていえば,アメリカにおける公民権運動の高まりと日本における反差別運動の高まりとの連動は,在日外国人の人権問題や在韓被爆者問題の前景化をもともなっており,ここでも問題の射程は日米間を超える。

本国際共同研究では,そのようなトランスパシフィックな連動性のなかで冷戦の経験を問い直そうとしているわけであるが,その際,国際政治からのトップダウンではなく,無名の人々によって生きられた文化的コンフリクトの経験から,ボトムアップで描きなおそうとしている点に特徴がある。最初の着手点が,朝鮮戦争期の在日文学であったり,ベトナム戦争期の沖縄における反戦運動であったりするのは,そのためである。地域・階層・ジェンダー・民族・人種などの点で多様な人々の多様な経験から冷戦を捉えなおす本研究は,無名の人々によって冷戦はどう生きられたのを,徐々に明らかにしていくことになるはずである。

なお,本研究の当面の課題は,日韓間の共同研究と日米間の共同研究が十分に統合されていないという点である。この課題は,2018年に予定にしている次回の会議を十分に準備したうえで開催することにより克服したいと考えている。この点は,最終的な成果の取りまとめをどのようなかたちで行うかという問題とも関わってくるので,万全を期したい。

2017年9月


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