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研究助成

成果報告

人文科学、社会科学に関する学際的グループ研究助成

2016年度

世界文学全集の比較対照研究および各国における世界文学概念の発達

日本大学大学院総合社会情報研究科 准教授
秋草 俊一郎

2015年度に引き続き本助成をうけて、2016年度も研究会を継続して開催した結果、以下のことが明らかになった。

明治以降「世界文学」ということばが「西洋近代文学」の同義語として受容されてきた日本では、自らも国家的プロジェクトとして列強諸国に互す「世界文学」の創出につとめることになった。戦前・戦中にはすでに日本の文学は、世界文学をこえたとする言説も見られるようになった。日本において「世界文学」概念の定着と理論化に大きな役割をはたしたのはイギリスにうまれ、シカゴ大学で教鞭をとったリチャード・モウルトンの著作だった。

戦後、文学者たちの「反省」をへて左傾した「世界文学」だが、比較文学者・佐伯彰一のように、日本的なイデオロギーに染まった「世界文学」に反発し、独自の思索を深めた研究者もいた。佐伯にとって、理想的な「世界文学」とは50年代に留学先のアメリカのウィスコンシン大学の比較文学科で学んだものだった。

そのウィスコンシン大学マディソン校で世界文学コースを創始したフィロ・バックは、自身が宣教師の息子としてインドで教育をうけたというバックグラウンドをいかし、東方の文学をとりいれた全米初の世界文学アンソロジーを編集した人物だった。中西部では東西両岸のエリート教育とは距離をおいた「世界文学」教育が発展することになったが、佐伯がその思想をくみとったように、アメリカの「世界文学」概念の影響を戦後も日本はうけたと考えられる。

また、1990年代以降に欧米を中心に比較文学の後継ディシプリンとして議論がすすめられた世界文学研究についても研究会で検討をおこなった。フランコ・モレッティの「世界文学への試論」など、欧米の近年の研究について日本への適応可能性をふくめ検討した。

なお上記のような研究会の成果の一部は、岩波書店刊『文学』9・10月号、特集「世界文学の語り方」としてまとめられ、刊行された。

現在、上記のような研究の成果を還元するために、実際に高校や大学教育で使用に耐える「世界文学アンソロジー」の編集を出版社の協力の下でおこなっている。従来のアンソロジーが単に世界の文学の集成であったのに対し、このアンソロジーはこれまでの研究成果を踏まえ、「世界文学」概念を反映したものとなっている。ダムロッシュが『世界文学とは何か?』で提示したように、「世界文学」が一つの読みのモードである以上、私たちが高校生・大学生に向けて「世界文学」の一つの形を示すことは、将来に向けて新たな「世界文学」を生み出していく出発点となるはずである。2017年7月現在まで八回の会議をおえ、作品・テーマをしぼりこんでいる。欧米だけでなく、日本をはじめ中国やインドなどアジア圏をふくめた、新しいアンソロジーになる予定である。

2017年7月


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