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研究助成

成果報告

2016年度

丸山眞男とカール・レーヴィット:「近代」をめぐる東西の政治哲学の交錯

東京大学大学院法学政治学研究科 博士課程
フラヴィア・バルダリ

1.2016年度の研究成果・意義・目的
 報告者の研究テーマは「丸山眞男とカール・レーヴィット:『近代』をめぐる東西の政治哲学の交錯」である。本研究は丸山眞男とカール・レーヴィット、その両者の思想の交錯を検討しながら、同時代の政治史的・文明史的背景との関係において、両者の営みがもった意味を新たに描き出そうとするものである。レーヴィットと丸山は近代性の危機と全体主義の登場という状況に直面して、人間の合理性・主体性・多様性を確保することを通じて、それを克服しようとした。西洋と日本という文化圏の違いをこえて、両者の思想が関心を共有し、影響関係も存在したという事実を明らかにした。本研究では丸山眞男とカール・レーヴィットという思想家の比較をするため、レーヴィットについては近年公刊された日記と書簡集、丸山眞男については同様の講義録・講演録と、東京女子大学丸山眞男文庫の所蔵資料といった資料を扱った。両者の思想に関して、従来論じられなかった点として、第一に、丸山に関してはその「日本ファシズム」論に、前近代性に対する批判だけではなく、二十世紀的なニヒリズムの克服という要素があることを指摘した。他の日本の思想家、とりわけ南原繁と西谷啓治による議論を背景として提示して、この論点を検討した。第二に、レーヴィットに関しては、「自然(古代ギリシアのコスモス)」概念に日本経験の影響があることを指摘した。結論としては哲学と政治の両面における近代性の危機の進行に対して、レーヴィットが距離をとりながら思考し続けることによって克服の道を歩んだのに対して、丸山は個人が市民として政治に参加するエートスの発展に希望をかけたという相違を示した。丸山における「永久革命」の運動としての民主主義と、歴史の一方向的な進行による決定論を拒否したレーヴィットの発想には、ポストモダン思想がのちに提起した多様性・可変性の尊重につながるものがあることも指摘した。


2.研究成果
 昨年度に博士論文の執筆を終えて、9月に提出し、1月に博士号を取得した。論文は四つの章で構成されている。第一章では、レーヴィットと日本との交流を検討する。彼の思想は日本の文化の影響を強く受けたが、その点は欧州では十分に注目されていない。明らかに日本文化の影響を受けたことを明確にする。第二章では、これまでの哲学的思考に対する近代哲学の新たな問いを論じ、これに関して当時の社会や政治にも注意を払う。ヨーロッパと日本の文化に近代化がもたらした変化を踏まえて、ヨーロッパと日本、それぞれの”modern man”のアイデンティティーを探求する。第三章では、ヨーロッパと日本におけるニヒリズムについて検討する。レーヴィットはヨーロッパ文化におけるニヒリズムの議論に加え、日本精神論にまで議論を広げる。丸山とレーヴィットは、日本のファシズムとナチズムの基本的構成の要素であるニヒリズムを個人の分析と個人と国家の相互関係に関連づける。第四章では、人間と歴史の関係との相互作用、そして歴史意識の意味とその変化の分析を深める。本章では彼らの相違を指摘する。同様の方法論を取る両者の議論が、最終的には分かれていくことを明らかにする。
 2017年9月にイタリアの「日本学会」で報告した。報告のために博士論文の一部を紹介した。とりわけ丸山の歴史・政治・倫理意識と北畠親房の「神皇正統記」との比較の部分である。報告のタイトルは「歴史意識と政治意識―丸山眞男における北畠親房」であった。


3. 今後の予定
 これまでの研究成果を踏まえて、今後は博士論文で充分強調されていない論点を改めて研究する。丸山とレーヴィットの互いの思想を深く関連づける。まず、「現代」と「近代」のダイナミックスにおいて、カール・レーヴィットが批判している「テクノロジー」という概念を丸山がどのように理解したかを明らかにする。そして、論文で背景としてマルティン・ハイデガー、レオ・シュトラウス、西田幾多郎、西谷啓治、南原繁といった思想家を扱ったが、それらとの関連することで、丸山とレーヴィットの思想の比較の意義も明確になるだろう。

2018年5月

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