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研究助成

成果報告

2016年度

韓国の近代性と美術の移動:植民地歴史とディアスポラの記憶、アイデンティティーの形成まで

東京大学大学院総合文化研究科 博士課程
申 ミンジョン

 本研究の目的は、日本占領期(1910–1945)に韓国と日本、ヨーロッパで行われていた日韓美術家たちによる美術活動を幅広く捉えることで、美術をめぐる日韓関係を再考すると同時に、韓国の近代美術が持つ時代的な価値、またその国際性やハイブリッド性を理解することにある。

 韓国美術における近代の起点に関してはさまざまな異論があるものの、一般的には、韓国が日本の植民地であった時代を含んでおり、それゆえに、韓国の近代美術は「日本に教わったもの」という認識に下支えされてきた(李美那、2015)。確かに、韓国美術は日本占領期に導入された洋画絵画を通して、初めて「西欧的な体験」(金潤洙、1975)をしており、そのような「西欧的な挑戦・体験」を持って近代性を規定するのならば、韓国近代美術を論じる上で、日本の存在は欠かすことができないだろう。また、このように植民地を経験する中で形成された韓国の近代美術は、新しい美術を受容し探求すると同時に、日本への抵抗という要素を必然的に内包していた事実も見落とすわけにはいかない。本研究は、韓国近代美術を「日本により歪曲された西洋美術の亜流」と認識する既存の言説を正確に直視することから始まる。そして、さまざまな地域を行き来した美術家たちの「越境の記録」を念入りに検討することにより、民族や国境線の枠組みを乗り越えて「絵画の近代性」の問題を理解しようとする試みである。「支配と抵抗」という二項対立に拘泥しては見出すことの難しい、日韓の画壇で生じていた複雑で繊細な事柄を、さまざまな次元から幅広く捉え直し得る可能性を提示するのが目標である。

 韓国近代美術における「越境の記録」にヨーロッパでの事例を取り入れるのは、韓国美術の近代性の問題を、日本との関係に限らず、ヨーロッパとの関係をも含めた国際的なネットワークの中で広く把握しようとする試みである。これまでの韓国近代美術史の記述は、主に日本との関連性だけに着目して行われ、ヨーロッパの画壇との関わり合いは別途の事例として取り扱う事が多かった。しかしながら、韓国の近代美術は日本とヨーロッパの画壇と緊密な関連性を保ちながら展開されており、戦前期に日本の人脈や経済的支援の元でヨーロッパの画壇で活動した韓国人の美術家は、それを証明する一つの事例となり得る。このような状況から考えると、韓国と日本、ヨーロッパの画壇の状況を別個のものとしてではなく、有機的に結び付けて考察することなしには、韓国近代美術に対する理解は断片的なものに留まってしまう。また、美術制度から造形表現に至るまで、日本の近代洋画を成すほとんどはフランスを中心に、ヨーロッパからもたらされており、それが更に「近代的な美術」として韓国に受容された事実を踏まえても、韓国近代洋画の持つ造形的な独自性を見出すためには、西洋近代美術史を理解することが必要不可欠である。本研究は、日本と韓国、ヨーロッパの国々を一挙に視野に捉えながら、韓国美術における「近代」の概念を相互的に理解しようとするものである。

 この目的に合わせて2017年度には、韓国と日本、ヨーロッパを行き来した日本の画家たちに関する事例研究を重点的に行いながら、特に彼らの活動や制作に見られるヨーロッパからの影響に注目し考察を行った。その成果として、日本人の芸術家たちの作品に見られる植民地朝鮮の表象を多面的に考察した内容や、戦前期ヨーロッパで活動した朝鮮人画家の芸術に見られる「境界的特性」について論じた内容を学術論文として発表した。また、在韓日本人画家たちのフランス留学が、その後韓国における彼らの活動および思想形成に与えた影響を究めた研究成果について学会発表を行った。これらの発表により、韓国近代美術を日本とヨーロッパ画壇との関係の中から幅広く捉え、今までとは異なる観点から韓国の画壇を見直す可能性を提示したと評価された。

 今後は、戦前期に日本の画家たちが韓国で行った美術教育活動にも目を向けると同時に、彼らの活動および制作とジャーナリズムとの関連性についても考察を行う。ひいては、朝鮮戦争の際に北朝鮮に移った、いわゆる「越北画家」の研究にも関心を寄せる。植民地韓国から日本へ、更に北朝鮮へ向かう画家の移動は、政治イデオロギーや社会体制の変化が、画家個人に与える影響を考える上で重要な問題であるのみならず、彼らの中には、すぐれた技量と個性的な表現により、芸の深奥を極めた人が少なくない。このような画家たちの越北後の活動を、戦前との延長線上で網羅的に取り扱った研究は未だ見当たらないため、絵画作品から書簡、新聞記事や写真など多様な資料に基づいて、彼らのそれぞれの移動先における活動および芸術、アイデンティティーの変化を理解していこうと思う。韓国の近代美術を論じる際に、多様な視座を提供することが本研究の究極的な目的なのである。

2018年5月

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