サントリー文化財団

menu

サントリー文化財団トップ > 研究助成 > 助成先・報告一覧 > 映像の「作者」に関する理論構築 ――1960年代日本映画・映画雑誌の比較芸術研究

研究助成

成果報告

2016年度

映像の「作者」に関する理論構築 ――1960年代日本映画・映画雑誌の比較芸術研究

学習院女子大学 非常勤講師
堀江 秀史

 本研究は、「映像の〈作者〉は誰か」という問いを、1960年代日本の映画作品及びそれにまつわる議論をもとに検証するものである。
 本研究は、およそ三つの方向性を持つ。一つには、〈作者〉と「映像」としての〈テクスト〉の関係を問うということである。集団芸術としての映像が、何らかに読まれる対象、即ち〈テクスト〉であるならば、そのテクストの作り手としての作者とは誰か。ジェラール・ジュネットやロラン・バルトらのテクストの一般理論を再考し、新たな知見を積み上げたい。次に、戦後日本文化の新たな側面の照射である。文学者、画家、写真家、映画作家、さまざまなジャンルの若手作家たちが横に繋がって交流したこの時代には、いまだ明らかにされていない団体やそのもとに成る作品が存在する。それらに改めて目を向けて日本の戦後芸術史の中に位置づける、あるいはそれを再編することが本研究の二つ目の方向であり目的である。
 そして最後に、公的機関や企業に保存される映像資料(映画、テレビ番組)が、著作権法上の問題(著作権者の不明、あるいは許諾請求先の過多)によって、閲覧することが叶わないという現状を打破するという目的がある。そうして死蔵される資料は、今後、新たな知見を生み出すための重要な基盤であり、研究者や実務者など、それを必要とするひとびとに向けて、利活用の途が拓かれねばならない。この問題は現在、法学や情報学の分野で活発に議論が交わされている(福井建策、吉見俊也監修『アーカイブ立国宣言』、2014年)。法学においては、作品を生んだ名誉の帰属先を「著作者」と、経済的利潤の享受先を「著作権者」と呼称・分類し、それぞれに対して細密な定義を与えている。しかし、映画のような、その創造性の発露たる「(著)作者」が複数存在する集団芸術の著作(権)者規定は議論の余地が多く、権利者の保護が利活用の弊害ともなっている。情報学では、映像作品をデータベース化して整理し、日本のコンテンツ産業の活性化を目指す動きがある(高野明彦・国立情報学研究所教授)。ここでの問題は、映像に付随する多様な情報を、いかに記述・整理するかであり、分類方法とその基盤となる思考モデルについて研究が進められる。ちょうどこの度の助成期間中にデジタルアーカイブ学会が発足し、まさに上記の研究者たちがこの問題に一丸となって取り組む流れが生じている。
 しかし、個別の事例から演繹する法学や、理論モデルから分類の枠組みを設定する情報学など、いわば実学的な議論だけでは、冒頭に掲げた「映像の〈作者〉は誰か」という根本的な問題を考察することは出来ない。作品そのものを読解する批評的仕事や、制作者達自身の言説を歴史的に検証する言説研究が必要なのである。本研究は、上記の研究動向と軌を一にしつつも、1960年代映画界の作家たちの活動を再検証することで、そこに新たに、「作家性」という人文学的な観点を導入することを目指す学際研究である。
 わたしはこれまで、1960年代の映像文化について、寺山修司を中心に研究を進めてきた。その過程で、寺山が、作家たちの60年代のジャンル越境的交流の中心になっていたことが分かってきた。寺山は、本研究課題の起点であり基盤だと云える。1960年代の他の芸術家たちの活動や映画作品の分析の前提として、博士論文に記したこれまでに得た知見を、社会に問える形で編み直して出版することが必要となる。本年度はこれを第一の課題として、助成研究を進めた。
 今回の助成期間で為し得たのは、博論にて扱った発掘資料(雑誌掲載のみで単行本化されていない論文・記事)の公刊と、それへの解説執筆である(2018年5月刊『ロミイの代辯 寺山修司単行本未収録作品集』)。この研究により、文芸誌や女性誌、グラフ誌における、寺山ら60年代における、デザインや写真など、多ジャンルに亘る若手作家たちの交流の実相を実証的に明らかにした。また、〈作者〉と〈テクスト〉の関係を考察するにあたって必須の概念である〈独創性〉(オリジナリティ)を巡る同時代の議論を、寺山の模倣問題に関係づけて論じた。さらに、それとは別に、成果は未だ公に出来ていないが、本年度は、生身の作者が生きる(/生きた)現実世界と、その作者によって生み出される作品に立ち現れる虚構世界の関係について研究を進めた。
 今後は、自身の博士論文に上記の現実と虚構世界についての考察を盛り込んで単著として出版し、冒頭の問いをめぐる研究の基盤を作らなければならない。そのうえで、1960年代の映画界が、映画における「作家性」の問題をどう捉えていたか、『シナリオ』や『映画評論』その他、同時代の映画誌における議論を基に研究を進めていきたい。

2018年5月 ※現職:東京大学大学院総合文化研究科・教養学部附属EALAI特任助教

サントリー文化財団