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研究助成

成果報告

若手研究者のためのチャレンジ研究助成

2015年度

出稼ぎの政治学―国際労働移動の民主的ガバナンスに向けて

欧州大学院政治社会科学学科博士課程
宮井 健志

研究の動機、意義、目的
 本研究の主題は、出稼ぎ移民をめぐる「民主主義の双子の赤字」の現状を解明し、そこから移民送出国と移民受入国による「責任の分有」を通じたガバナンスの可能性を思想的に探求することである。本研究の核心にあるのは、次の問いである。移住者に対してその受入国と送出国はいかなる責任を負っており、また負うべきなのか。移住者は、両国家に対していかなる責任履行を要求しうるのか。
 この問題意識の背景には、短期的・循環的な移住形態が活性化するなかで、従来の受入国ないし送出国のいずれかに注目する一国家主義を見直す必要があるという認識がある。出稼ぎ移民とは、在留外国人であると同時に、在外国民でもある。そうした複合的な主体の現状を理解し、あるべき規範を提示することは「移民の時代」にあって喫緊の課題である。この課題への応答は、出稼ぎ型で移住労働者の受入れを拡大しつつある日本にとっても大きな政策的含意をもつ。
 この問題意識にしたがい、本研究は次の三つの課題を設定した。それぞれ(1)出稼ぎに関する政治学的視座の確立、(2)出稼ぎをめぐる「民主主義の双子の赤字」の検証、(3)規範的に望ましく実行可能な政治的指針の提示、である。

研究で得られた知見
 本研究で得られた主な知見は、上記の各課題に即して次の三点にまとめられる。
 第一に、本研究は、受入国・移住者・送出国からなる三角関係を枠組みとし、「支配(domination)」を基礎概念に据える政治学的なモデルを確立した。このモデルの特徴は、移住者と国家の政治的関係性を支配権力とそれに対する離脱と抵抗の可能性に基づいて整理することで、移住者を対象とする権力関係をより精緻かつ国境横断的に把握できる点にある。これにより、国籍を基準とする包摂と排除という二元的モデルを克服し、出稼ぎ移民や留学生、難民や庇護申請者を含めた移民集団に対する国境を越える支配やそれに伴う責任の問題を分析することが可能となった。
 第二に、上記のモデルを用いた出稼ぎ移民プログラムの比較検討を通して、出稼ぎ移民の支配への脆弱性とその構造を検証した。その結果、出稼ぎ移民が、特に抵抗可能性の少なさによって政治的支配に対して脆弱であることがわかった。この脆弱性の中核には、出稼ぎ移民が受入国と送出国の双方から民主的に孤立している構造、すなわち「民主主義の双子の赤字」がある。現状、多くの出稼ぎプログラムにおいては、帰国プログラムの実施などを通じた離脱機会の拡充が目立つ。しかし、民主的な代表制度を通した抵抗機会を伴わない離脱機会の手続き的拡充は、両国家に対し移住者の居住や福祉といった他領域での制度改変を迫るインセンティブを提供する方向には働いておらず、むしろ移住者の構造的支配を強める傾向にある。ここから本研究は、抵抗機会の拡充こそが出稼ぎ移民の脆弱性の縮減における最重要課題であるとの認識を得た。
 第三に、「民主主義の双子の赤字」を是正する指針として、両国家による「代表する責任(Responsibility to Represent, R2R)」という理念の定立を試みた。「代表する責任」とは、「受入国と送出国双方が、主流派国民と移住者それぞれのライフスタイルを等しく顧慮し、互いに支配関係に陥らない関係性を構築するために負う公共的な応責性」として定義される。本研究では、この理念に照らして両国家の責任履行に関する条件設定を行うと同時に、複数国家間の問題集約的な合議体の設立とそこにおける移住者代表の導入を骨子とする処方的な提案を試みた。
 上記三つの知見は、いずれも先行研究の認識に修正を迫るチャレンジングなものだと考えている。その具体的成果は、2018年夏に欧州大学院政治社会科学学科に提出予定の博士論文において全面的に発表する予定である。なおこれらの一部に関しては、すでに研究会報告を複数回行っており、2017年度中に学術雑誌での公表を予定している。  
 

今後の課題・見通し
 今後の課題としては二点を挙げておきたい。第一に、出稼ぎ研究に特化した発展的研究として、地方・国家・地域にまたがる多層的な政治的責任の問題を論じていきたい。本研究では、国家間関係を基軸とした責任関係を主眼とするぶん、地方政府や国際機関といった主体の意義は未開拓なまま残されている。第二に、本研究の成果を他の移民カテゴリ(重国籍者、永住者、難民など)に応用することである。本研究は移民出稼ぎなど短期的・循環的移動を中心とするため、他の移民カテゴリについていかなる含意をもつかの検討はいまだ不十分である。この作業は、本研究の議論の一般的な応用可能性を模索する上で不可欠だと考えている。これらの課題に関しては、今後鋭意取り組んでいきたい。   

 

 ※欧州大学院政治社会科学学科博士候補生

 

2017年5月

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