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研究助成

成果報告

若手研究者のためのチャレンジ研究助成

2015年度

東アジアの歴史和解への展望―域外アクターの関与と「社会的和解」の視座から

関西外国語大学助教
三牧 聖子

 歴史和解は東アジアだけが抱えた問題ではなく、世界の様々な地域が格闘するグローバルな課題であり、世界各地で様々な和解研究が生み出されてきた。本研究は、ジョンズ・ホプキンズ大学現代ドイツ研究所(AICGS)ディレクターProf. Lily Gardner Feldmanをはじめ、海外の和解研究者とも提携し、新たな和解研究の枠組みの構築という理論的な課題と、将来の東アジアの歴史和解に向けた戦略の提示という実践的な課題を追求してきた。
 Gardner氏は、戦後ドイツがフランス、イスラエル、ポーランド、チェコと和解を遂げ、国際社会に復帰していった過程を包括的に検討したGermany's Foreign Policy of Reconciliation From Enmity to Amity (Rowman & Littlefi eld Publishers, 2012)の著者として知られる。本研究は、Gardner氏との研究交流を通じ、ドイツの歴史和解過程から、東アジアはいかなる示唆を得られるかを検討してきた。もちろん、東アジアの歴史和解研究において日独比較は新しいものではない。しかしそこで支配的であったのは、「誠実に謝罪してきた」ドイツと「不誠実」な日本という、道義的トーンを強く帯びた議論であった。2000年代、政治学者たちによって、ドイツの和解の成功と日本の失敗は、謝罪の誠実さのような主観的な要素に還元できるものではなく、国際環境によるところが大きいことが強調されたものの、これらの分析は、日本の和解の「失敗」の解明には貢献したが、将来の和解に向けた戦略の提示に関しては大きな成果を生まなかった。
 本研究は、ドイツの隣国との和解が、政治指導者のみならず、ジャーナリスト、歴史家、宗教団体、慈善団体、学生団体など、多様な市民社会アクターが織りなす「社会的和解(societal reconciliation)」として推進されたことに着目し、東アジアにおけるその可能性を探求した。アクターの多様性は、戦略の多様性─政府による謝罪・補償、慰霊や歴史をめぐる対話、教科書の共同作成プロジェクト、文化事業、学術交流、学生の交換留学、姉妹都市─を意味し、和解に向けた多様な可能性が展望される。確かに東アジアは、多様なアクターから成る、層の厚い「社会的和解」を実現してきたとは言い難いが、それでも歴史家たちを中心に、粘り強い教科書・歴史認識対話が重ねられてきた。報告者は、日中韓の共通副教材『未来を開く歴史(A History That Opens to the Future)』の出版(2005)を1つの頂点とするその成果と、その試みの限界、残された課題を検討した。
 さらに、東アジアの歴史問題をめぐる新たな動向の1つとして、国連やユネスコなどの国際的な舞台で戦われることを通じ、地域外の人々の関心を広く集めるグローバルな問題に発展していることがある。本研究は、こうした問題のグローバル化に呼応し、ユネスコや教科書研究の世界的拠点として知られるゲオルク・エッカート国際教科書研究所など、域外アクターがますます東アジアの歴史問題に参入するようになっていること、萌芽的ながら問題解決に向けた国境横断的なネットワークが生まれていることを明らかにした。
 「過去」をめぐる紛争、歴史和解という課題は東アジアだけのものではない。そうである以上、和解に向けた戦略も、グローバルな文脈で模索されるべきであり、その過程で形成されていく、和解に関心を持つ人々のネットワーク自体が、和解に向けた1つの戦略となりうる。今後も意欲的に、リサーチのネットワークを広く海外に広げ、和解に向けた学者や専門家のネットワークをつくりあげていきたいと考えている。

2016年度の研究成果として、下記の論稿を公表することができた。


  • (1)論稿 “Case for “Enlightened Realism”: Reconciliation as an Imperative Task for Regional Peace and Stability,”PacNet #37, Center for Strategic & International Studies (CSIS), Pacifi c Forum, April 20, 2016.


  • (2)論稿 “The Signifi cance of Abe’s Pearl Harbor Visit,” Diplomat , Jan 25, 2017.


  • (3)共著 菅英輝編『冷戦と歴史認識』(晃洋書房、2017年):7章「東アジアの社会的和解は可能か-域外アクターがもたらすダイナミクス」。


 また、2017年度中に以下の成果が刊行される予定となっている(掲載決定)。
Berber Bevernage and Nico Wouters eds., State Sponsored History After 1945 (Palgrave Macmillan, forthcoming):“Diversified and Globalized Memories: The Limits of State-Sponsored History Commissions in East Asia.”  

 

 ※高崎経済大学経済学部准教授

 

2017年5月

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