成果報告
2015年度
現代アメリカ合衆国における科学観の再定義:博物館展覧会の利用実態の分析から
- 東京大学総合文化研究科博士課程
- 小森 真樹
研究の目的・動機・意義
「科学(science)」とは現代の人々が知の拠り所とするものであろう。それではこの社会における科学とはいかなる存在なのだろうか。人々や社会を対象とする人文社会科学にとって、科学を探求することとはいかなる意義を有しているのだろうか。本研究は社会学、歴史学およびミュージアム研究の複合領域からこの問いに新たな回答を試みるものである。
研究の着想は、専門家が定義する「科学」ではなく人々が実際に頭のなかで思い描く「科学」とはなにか、という素朴な疑問に端を発する。現実には、ごく少数の専門家が考える科学を超えて「科学なるもの」が理解され、普及し、その結果として社会で構成された科学観が、政治経済や社会を動かしていることは疑いようがない。だが、こうした点を重視する科学研究は発展段階にある。科学研究者の多くは、彼らの考える「正しい科学」のみを対象とする傾向にある。
研究内容・知見
こうした課題を解決するために、科学博物館の展示を事例とすることで社会の科学観をより実証的に考察する研究方法を考案した。つまり、公的・専門的な科学知の生産と、教育・娯楽といった人々の日常的な行為が交差する博物館の調査を通じて、社会において「科学」という考え方が人々にどう受け止められているのかの実態を調査する。本研究では鍵概念として「科学」と「文化」を用い、人々が「科学/文化」、「科学/非科学」や「文化/非文化」をいかに線引きしているのかを考察した。すなわち、これらの概念が区分けされる構造から、社会における「科学」「文化」の両概念がいかに形づくられているのかを捉えるのである。
事例は以下の①~④の博物館を取り上げた。下線部に示した、それぞれの視座から現代アメリカの科学観の描出を試みた。
①科学と展示倫理:フィラデルフィア医師協会付属の「ムター博物館Mütter Museum」の人体展示(ペンシルベニア州フィラデルフィア)
②科学と現代宗教:聖書の天地創造神話についての科学博物館「天地創造博物館Creation Museum」(ケンタッキー州ピーターズバーグ)
③科学と人種・異文化展示:世界チェーンの珍奇品博物館「リプリーの信じようと信じまいとRipley’s Believe It or Not?!」(世界各地32館のうちフロリダ州オーランドとニューヨーク市の2館)
④科学と博物館信仰:疑似自然科学史の博物館「ジュラ紀の技術博物館 Museum of Jurassic Technology」(カリフォルニア州ロサンゼルス)
例えば、陳腐化した旧来の科学的知見や(=事例①)、信仰に基づく擬似「科学」は(=事例②)、近代科学者からは科学として認められない。だが、ある共通のコミュニティにとっては、「科学博物館」という範疇を通じて「科学」としての根拠を獲得し、「文化」の範疇で語られて別種の科学とみなされていく過程が確認された。このように科学概念の構成過程の構造を抽出することで、以下のような特徴を知見として得た。
>展示制作者や科学者など専門家=送り手の意図は、現実の科学観を規定する一つの要因に留まる。むしろ伝達の過程や、来館者による受容の過程の影響が大きい
>「科学」は先だって存在せず、あるコミュニティの条件に従い共通了解によって構成される(=「物語としての科学」と呼ぶ)
>近代科学に根ざした理念として科学者集団が抱く(あるいは普遍性を持つ実態としての)「理念的近代科学」と、各アクターの影響のもと民衆の共通了解として構築される「物語としての科学」を別の概念として理解する必要
>「物語としての科学」を構成するメディアとしてのミュージアムの重要性
今後の課題と見通し
本研究は、東京大学大学院総合文化研究科地域文化研究専攻に博士論文として提出される。これまでは「科学」と「文化」を鍵概念に分析を進めたが、今後は、ミュージアムで扱われる重要な概念の一つである「芸術」観や、「科学技術」として複合的に用いられる「技術」概念に関する事例研究へと展開する。それらを統合しながら、最終的には理論構築と研究分野の確立に着手する。すなわち、思想史の仮説をミュージアム史の考察から分析することで、具体性を備えつつ、現代社会における「科学」「芸術」などの概念を動態的に理解するモデル(=「ミュージアム的世界」論)の構築を目指して研究を進める計画である。
※東京外国語大学ジュニアフェロー
2017年5月