成果報告
2015年度
1990年代以降における行政組織の再設計に関する研究
―「基本法」の制定と内閣府の組織変化に着目して
- 大阪大学大学院法学研究科博士後期課程
- 小林 悠太
研究の動機・意義・目的
本研究の目的は、1990年代以降急激に制定数が増加した「基本法」に着目することで、行政組織の再設計の仕方がどのように変化したのかを明らかにすることにあった。かつて「基本法」の制定は、高度経済成長に伴う公害対策の総合的推進のために制定された公害対策基本法のように、国全体の政策目的を定める必要のある一部の「重要政策」に限られたものであった。しかしながら、現在では少子化社会対策基本法やバイオマス活用推進基本法のように、行政組織の規模の大小を問わない形で「基本法」が制定されている。つまり現在の「基本法」は、省庁横断的な政策の解決方法の一つのスタンダードとなっているのである。
しかしながら、こうした政府の取り組みの変化にもかかわらず「基本法」に関する理論的・体系的な研究は限定的であり、特に政治学においては個別の政策分野に関する事例研究に限られている。つまり「基本法」をめぐる政治過程と行政対応は、そもそも政治学において、重要な問題として意識されていなかった。
本研究の特色は、こうした流れに挑戦して「基本法」を、日本政治を説明する上での中心的課題として位置づけなおし、課・室レヴェルでの対応から外局新設レヴェルの対応まで、「基本法」制定後の組織的な行政対応を単一の理論枠組から説明することにある。そこで重要になってくるのが、「基本法」のほとんどを所管する内閣府と、そこに設置された会議体の役割に着目である。このことは、中央省庁再編の目的であった機動的かつ総合的、戦略的な行政が本当に日本社会で実現したのかを問う上で高い意義を持つと考えられる。
研究成果・研究で得られた知見
研究期間中に得られた主要な成果・知見として、以下の3点がある。
(1)理論的枠組として、議院内閣制諸国における行政運営や官僚制研究の近年の動向について文献研究を行った。議院内閣制では単線的な委任形態のもと首相には高いアカウンタビリティーを果たすことが要求されるが、そのことは行政運営において首相に制約をもたらす。行政が政治に与える影響を委任のあり方と組み合わせて考えることで、効率的な行政運営とは何かという問題に対処できると考えられる。
(2) 中央省庁の組織変化を、機構改正頻度に基づいて類型化した。並びに2001-2016年における主要な組織変化の多くは「大括り省庁」に集中しているが、そのことを官庁構造の観点から考察した。
(3)予算に着目し、内閣府の内部部局間比較を行った。政策統括官ごとに予算配分が異なっている中で、内閣府が他省庁と結んでいる府省間関係は一様ではないこと、特に比較的新しい「基本法」の多くを所管する共生社会政策部門において特異性が見られることを明らかにした。
全体としては、以下の通りである。中央省庁再編は、「大括り省庁」の設置によって単一の官庁による社会経済的変化への対応能力拡充を企図したものであった。しかし現実にはうまくいかない側面もあり、事業官庁に関係した変化を内閣府が吸収することになった。これらと密接に関係しているのが「基本法」の制定であり、特に2000年代以降比較的小規模な政策領域に関して制定されていることは、日本における政策ネットワークの設計のあり方が変化したことを意味する。内閣府は、再編前の部局慣行を一部引き継ぎながらも中央府省全体の中で制度的補完性を満たす役割を担うようになり、これは橋本行革の当初趣旨とは異なる形で行政運営の効率化に寄与したと考えられる。このことは、中央省庁再編の「意図せざる結果」を明らかにするものである。
今後の課題・見通し
以上の内容は、博士学位請求論文として大阪大学法学研究科に提出予定である。
但し今後の課題として、(1)分析対象を全省庁に拡張したことで、組織再編に関してはマクロな動向を扱っているに留まっているため、よりミクロな資源配分の変化も視野に入れた分析を行うことと、(2)「基本法」と類似した親法の形式を有する他の政策領域に対しての分析枠組の拡張を行うべきか検討すること、の2点があり、本テーマに関しては引き続き研究を進めることによってより頑健な知見へと洗練していく必要がある。
ところで本研究完成後の見通しとしては、官民関係あるいは官民の組織比較を念頭に置きつつ研究を進めた。本研究の範囲はあくまで中央府省を中心とした分析であるため、政府の取り組みが社会にどのような影響を与えたのかに関しては検討していない。また複数組織の関係を取り持つ内閣府の役割についても、民間セクター等で類似した機能を果たす組織と比較を行う必要があるように思われる。
2017年9月