成果報告
2015年度
住吉大社を中心とする大阪文化の伝播と境内景観の復元
- 関西大学文学部 教授
- 黒田 一充
(1)研究の目的と進捗状況
大阪市住吉区に鎮座する住吉大社は、海の神、和歌・文学の神として広く信仰を集めてきた。海の神としての信仰は、古くは遣唐使の無事を祈った記録があり、のちには航海安全を祈る神として広く信仰を集め、全国各地に2300社をこえる住吉神社が分布している。それらから、住吉信仰とともに大阪文化も広がっていることが予想できるが、神社の分布だけでは具体的に検証するのは難しい。
そこで今回の研究では、住吉大社境内に立ち並ぶ石灯籠に着目した。同社の石灯籠は17世紀半ば以降の造立のものであるため、歴史的には古くはないが、その碑面には全国各地の廻船問屋やさまざまな業種の仲間たちが共同で寄進したことが刻まれている。これらは造立当時のままのものもあれば、のちに再建や修理がおこなわれたことも銘文に記録されている。これらの石灯籠については、これまでも個々の紹介などは行われていたが、全体をまとめての調査報告はほとんどなかったため、そこからはじめることとした。
今年度の現地調査から、本社の境内と周辺に635基、堺市と大阪市港区の摂社に23基の石灯籠が残っていることがわかった。それらの銘文からは、現在の北海道にあたる松前から日本海側を通って九州の薩摩まで、太平洋側も江戸や仙台からの寄進者があるなど、全国的な広がりをうかがえる。しかも、出羽・大坂・京都の紅花の業者が共同で寄進したものや、肥前唐津・羽州秋田・大坂の商人が共同で寄進したものからは、交易地や中継地がうかがえ、瀬戸内海地域や豊後・日向の浦々の名前を並べた碑文からは、当時何らかのネットワークがあったことが示されている。
今年度の研究成果として、現地調査の結果をまとめた報告書を刊行した。住吉大社の石灯籠の銘文をすべて紹介したものは、これがはじめてである。
(2)今後の課題と展望
今年度にまとめた報告書は速報版として一覧表を収めただけで、個々の石灯籠の写真(イラスト)も含めたものを完成版として仕上げる作業に引き続き取りかかっている。さらに、データベース化や境内マップなどの作成も視野に入れている。
そういった石灯籠の基礎データのまとめと並行した研究課題としては、寄進者の居住地や年代別の分布を日本地図の上に落とすことによって、江戸時代の物資の移動や大坂を中心とする上方文化の伝播の様子など、海上交通を通じた地域のネットワークを明らかにすること。石灯籠の寄進には、他の神社での御師にあたる取次(執次)の活動があり、銘文に刻まれた取次の活動から住吉信仰が広がっていく様子がうかがえること。石灯籠の寄進年から、境内に石灯籠が立ち並んでいく過程を追うことができ、境内景観の歴史的変遷をビジュアル的にも明らかにすることなどを想定している。
2016年9月