サントリー文化財団

menu

サントリー文化財団トップ > 研究助成 > 助成先・報告一覧 > グローバル文化としての東アジア武術― 日・米・英における伝授、表象、変容

研究助成

成果報告

人文科学、社会科学に関する学際的グループ研究助成

2015年度

グローバル文化としての東アジア武術― 日・米・英における伝授、表象、変容

早稲田大学国際学術院 教授
Molasky, Michael

本研究会では、東アジアで誕生した武術や武道の19世紀以降の日本・米国・英国における伝播・受容・普及の在り方を検討しながら、新たな文化行為としての武術や武道の再創出という問題について、史料や映像の分析、現地での聞き取り調査、ならびに参与観察等を通じて、その位相を動態的に明らかにしてきた。なお、15年度においては、6回の研究会を開催し、会員7名全員が研究報告を行った。総論的に報告の要点を示すと、概ね以下のとおりである。

第1に、従前における武術・武道の捉え方、とりわけ武術・武道の文化的固有性や正当性を暗黙裡の前提とする、通説的な武道理解を批判的に再検討する必要性が改めて確認された。つまり、これまでの枠組みでは必ずしも武術・武道として扱われてこなかった文化や事例を等閑視せず、むしろその枠組みを相対化する、あるいは発展的に継承することの重要性が相互に認識できた。

第2に、上述の観点から、武術・武道という文化的カテゴリーをより巨視的に捉え直すための視座・視点を構築する必要性も認められた。たとえばメディアで描かれた文化表象としての武術・武道、あるいは観客に見せることを主眼に演じられる武術・武道のありかたについて、これまでの武術・武道に関する人文社会科学的アプローチでは必ずしも明晰な回答を得ることができない。こうした問題群について、武術・武道にある種の暴力論を読み込む視点や、歴史的・社会的なコンテクストからそれらの文化を逆照射する視点が求められることが確認された。

第3に、英米における武術・武道の伝播の歴史的理解、また現代におけるそれらの研究動向および進捗状況を検討することで、しばしば日本の武術・武道を暗黙裡に核としてマーシャルアーツの国際化・グローバル化を描きがちな、日本国内における関連研究が持つある意味での偏狭さや後進性が浮かび上がった。この点で、武術・武道を通じてマーシャルアーツを捉えるだけではなく、東アジア、ひいては世界のマーシャルアーツ文化における武術・武道の位置が明確化される必要性が確認された。

第4に、上記3点を通じて逆説的に認識されたことは、ナショナルな文化としての日本の武術・武道が持つ、強力なイデオロギー性についてである。とりわけ近代日本史において武術・武道が国家の後ろ盾を得て国策的に展開されたことは、戦後日本の様相を鑑みても、通説的な武道理解に甚大な影響を及ぼしていると考えられる。言い換えれば、本研究会が目指す武術・武道の相対化は、単にひとつの文化の位相変化をもたらすだけではなく、その文化を背後で支える様々な公的権威や権力の所在を浮き彫りにし、またそれとは異なる文化のありようを示すことにも繋がるだろう。

学際性を旨とする本研究会において、それぞれの研究手法や研究領域は多岐に亘った。特定のローカルな芸能に着目したフィールドワーク型アプローチ、国内外の史料に基づく実証的な研究、映画など国際的に流通するメディア映像における表象分析など、様々である。この点で、今年度はあまり先鋭化しなかったが、たとえば武術・武道の文化的「本質性」への着眼と、武術・武道のように「擬装する」文化への関心といった、認識の相違に基づく議論が今後活発化することで、我々の研究はより高位の次元に導かれるだろう。

また、東アジア文化圏の武術・武道という認識を元に、その文化が歴史社会的に有するグローバルな還流を視野に収めたことで、ローカルやナショナルなど複数の領域を単位とし、同時にそれを越境する文化として武術・武道を把握するための取り組みの更なる深化が期待される。その際には、たとえば19世紀から現在に至る東アジアの様相について、文化のヘゲモニー編成といった観点からの理解が求められようし、あるいは武術・武道の受容について、担い手の所在や意思、文化との距離といった観点から検討することで、武術・武道が多様な単位の人口に膾炙することの文化的意味を追究する必要性もあるだろう。もって今後の課題としたい。

最後に、15年度および16年度の研究成果については、Martial Arts Studies誌の特集号に発表することを付言しておく。なお、同誌は本研究会員であるポール・ボウマン(カーディフ大学)によって2015年に創刊されたジャーナルであり、その国際性と専門性(審査付)において殆ど先例が無い。この先進的な取り組みに本研究が積極的に関与することで、研究知見の国際レベルでの共有が可能となるとともに、更なる未来を見据えた武術・武道研究のありかたを学ぶこともできるだろう。

2016年8月


サントリー文化財団