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研究助成

成果報告

人文科学、社会科学に関する学際的グループ研究助成

2015年度

東アジアの環境史的課題共有をめざす研究ネットワークの構築

香川大学教育学部 教授
村山 聡

1. 研究目的と得られた知見

本研究プロジェクトの目的は、東アジアならびに東アジアを越えた環境史的課題の共有に基づく、新たな研究ネットワークを構築することにあった。初年度においては、研究ネットワークの構築を目的に、環境史的な課題に関するキーワードを確定する作業を行った。

2015年10月、Association for East Asian Environmental History(東アジア環境史協会)の学会長として高松市で開催した第3回東アジア環境史学会(EAEH 2015)の準備段階そしてその後の展開を一種の「社会実験」として、東アジアと東アジアを越えた環境史研究ネットワークの構築を目指してきた。本研究プロジェクトで構築した10のネットワークと54のキーワードは課題設定上の重要な指針となった。しかし、全世界から20ヶ国以上、参加者総数250名から300名に及んだ学会で組まれた61のセッションは、環境史研究者の個別の関心とグローバル/ローカルな環境問題のバランスは決して良くないこと、また、各国、各地域での問題関心の差異も 決して小さなものではないことが明らかとなった。何が問題なのか。

あるいはこのような各国各地域での環境史的課題に関する理解の仕方の違いそのものを真摯に受け止めるべきなのかもしれない。

2. 研究成果そして今後

集計した61のセッション(表1)では、一般公募を受けた並行セッションの分布は、明瞭に東アジアの環境史研究者の関心の所在を示していることがわかる。多岐にわたる領域を包括しているとはいえ、やはり人類に関わる領域に重心があり、気象現象や廃棄物・排泄物の環境史研究は予想外に希薄であった。環境史研究の主体は人間であり、当然の結果とはいえ、環境史研究の視野は人類からのみ見た範囲には収まらない。環境史研究はまだまだ人間本位・主体である。

そのため、「大気」のようなネットワーク領域によってはあえて主催者側で共同セッションを組む必要もあった。基本的な生活基盤であり、本来身近な大気や廃棄物・排泄物などである。世界の環境史研究の動向を見ても、より多岐にわたる専門分野の協働はまだまだであり、環境史研究は、1960年代からアメリカ合衆国の歴史家、環境倫理学者、文学者などから出発しているが、その第一世代で築かれた環境史研究は実は新たな世代の研究に向けた岐路に立たされている。その状況がここでも反映しているのである。さらに、東アジアの環境史的課題共有をめざす本研究プロジェクトとしては、多くのセッションで同一地域を扱うものが多くなった点についても一考を迫る結果となった。国家の役割と影響は想像以上に大きい。地域を越えた環境史的課題共有は決して容易な課題ではない。研究者の自由な発想と興味関心が出発点であるとしても、それぞれの地域や国家が抱えている問題あるいは「市場」が抱えている問題あるいは個別専門的な関心に焦点化されることは必然である。

本研究プロジェクトは、当初、ヨーロッパ環境史学会を中核とする学術雑誌 “Environment and History” やアメリカ環境史学会発刊の学術雑誌 “Environmental History” に対抗して、第三の “Journal of East Asian Environmental History” 構築をゴールと考えた。だがもう一つの地域の極を作ることが最適かどうか。翻って、原点に立ち返る必要があるかもしれない。

環境問題はグローバルな共有問題であるとはじめから前提にしていることが問題なのではないであろうか。確かに地球の温暖化、異常気象の常態化、ますます繰り返される種々の自然災害、これらは地球全体で共有する環境問題であると考えることもできる。しかし、このような認識から出発することによって生ずる陥穽の方がより深刻なのではないか。地球上の自然環境は多様であり、グローバル経済のなかでの位置も複雑多岐である。むしろ、地球上の各地域の個性の方がより認識されるべき時代が来たように思う。新世代の環境史研究の始まりである。

表 1: EAEH 2015におけるセッション

ネットワーク並行セッション全体セッション基調講演公開講演会書評会
動物3  1 
植物6   1
微生物3    
61   
大気11  1
土地7   1
災害5    
食物6    
廃棄物・排泄物1 1  
人類11    
複合テーマ5    
総計 (= 61)541

2016年9月


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