サントリー文化財団

menu

サントリー文化財団トップ > 研究助成 > 助成先・報告一覧 > 海洋境界をめぐる国際政治:周辺国の「中国経験」の比較研究Ⅱ

研究助成

成果報告

人文科学、社会科学に関する学際的グループ研究助成

2015年度

海洋境界をめぐる国際政治:周辺国の「中国経験」の比較研究Ⅱ

九州大学大学院比較社会文化研究院 准教授
益尾 知佐子

I. 研究目的

本研究は、中国をとりまく周辺国の「中国経験」の比較を通して、中国の台頭を契機とする東アジアの秩序転換の方向性を考察する試みである。研究視角としては、前年度に日本とベトナムのケースの比較したのに対し、今年度は日本とフィリピンのケースの比較を集中的に行った。

研究内容としては、前年度から引き続き、「海洋強国」への跳躍をめざす中国が東アジアの地域秩序を大きく変容させていることに注目し、①海の秩序をめぐる周辺国の「中国経験」の比較によって、中国の海洋政策の立体的解明を目指した。またさらに視野を広げて、②各国の対中政策を比較し、国力や各種条件の異なる周辺各国が、中国にそれぞれどう対応しようとしているか検討し、③東アジアの地域秩序がいかなる方向に変化しつつあるか分析した。

II. 実施内容

ちょうど助成期間満了直前の2016年7月、常設仲裁裁判所で南シナ海をめぐるフィリピンの対中国際裁判の判決が出たため、本研究はたいへん時宜を得たものとなった。

2016年2月には、国内メンバー4名がフィリピンに出張し、最初に対中国際裁判を提案した最高裁判事やフィリピン外務省の担当者、関連問題の研究者等に対し、対中関係や仲裁裁判の見通しに関する聞き取り調査を行った。その実施を前提に、研究代表者の益尾は2015年の秋以降、東シナ海に関する日中交渉に関して研究を進めた。

2016年7月12日に対中裁判の判決が下されると、8月9日に東南アジア在住の研究者3名(フィリピン大学のJay Batongbacal教授等を含む)を招聘して国際ワークショップを行い、判決の国際的な影響や、米中関係、ASEAN統合の見通しなどについて議論を行った。

そのほか、前年度招聘者の中越トンキン湾領海画定交渉に関する説明は、その資料的重要性に鑑み、改めてテープ起こしと和訳を行った。

III. 得られた知見

フィリピン調査により、同国が対中国際裁判に訴えた背景が明らかとなった。フィリピンはスカボロー礁問題で十数回、対中外交交渉を行ったがまったく進展がなかった。この点は日本の東シナ海問題と似るが、フィリピンは中国に力で圧倒的に劣るため、自国の国益が害されるのを傍観しておくしかなかった。そのような中で、少数エリートだけで可能な対抗手段として着目されたのが国際法だった。しかし、フィリピンとしても、仲裁裁判が中国にこれほど厳しい判決をもたらし、国際的な注目を集めるとは予想していなかった。フィリピン国内では、中国との国力差は絶対的だから、最初から対立せず迎合しておく方が良いという世論は強い。さらに、2016年6月末に誕生した新政権は外交経験がなく、仲裁裁判の国際的な活用案を準備しておらず、旧政権のブレーンたちとは距離を置いていると言われる。そのためフィリピンの今後の対中政策は極めて不透明となっている。

最終ワークショップでは、中国の海洋進出を契機とする今後の見通しが話し合われた。参加者は、中国が南シナ海への進出を優先するのか東シナ海との同時進行を企図するのかで見解の違いがあったが、中国の海洋強国化は継続すると考えていた。他方、ASEAN諸国では対中協力からメリットを得たいという勢力が強く、米国のアジアに対する継続的なコミットメントは不確定で、国際的な対中包囲網の形成は実際には困難である。そのため東アジアの地域秩序は、海洋問題を軸に不安定な状態が長期的に続くと見る点で、参加者たちは一致した。本研究の成果の一部は、2016年11月のアジア政経学会等で発表予定だが、出版についてはメンバーの間でさらなる議論を重ねたい。

2016年9月


サントリー文化財団