成果報告
2015年度
従軍慰安婦問題をはじめとする歴史認識問題に関わるオーラルヒストリー調査
- 神戸大学大学院国際協力研究科 教授
- 木村 幹
1.研究目的
本研究の主たる目的は、現在日韓関係で問題となっている、歴史認識問題の関係者に対して、大規模なインタビューを行い、オーラルヒストリーを形成する事にある。
これらに対するインタビューを行う事で、日韓両国間において、どうして歴史認識問題が深刻な問題として浮上し、現在の状態に至ったかを明らかにし、今後の日韓関係の改善に資することとする。
2.研究の結果得られた知見
2015年度は大韓民国内での調査を優先した。調査は予備調査を含めて、2015年5月、10月、12月、および2016年3月、8月の5回にわたって行われ、20人近い人物からのインタビュー結果を蓄積した。
この結果として得られた知見は大きく三つに分けることができる。すなわち、その第一は歴史認識問題において議論の対象となっている、植民地期およびその直後の状況に関わるものである。とりわけにそこにおいて重要であったのは、植民地最末年の状況である。例えば、1945年頃に朝鮮半島から動員された軍人・軍属については、朝鮮半島内における訓練等の段階に留まり、戦地には赴くことができなかった、とする一部の理解が存在するが、実際には多くの軍人・軍属が戦地に赴いていることが明らかになった。
第二は、解放後の韓国において、植民地期の被動員者をめぐる状況であった。とりわけ重要であったのは、1965年に締結された日韓基本条約およびその付属協定による1970年代における韓国政府による補償において、彼らに対する情報等の伝達が極めて不十分であり、そのことが多くの被動員者が補償を受け取る際の障害になったことが改めて明らかにされた。
第三は、1987年の韓国民主化を前後する時期の運動団体をめぐる状況である。今日まで、韓国における歴史認識問題をめぐる運動団体の動きについては、慰安婦問題をめぐる「挺身隊対策協議会」に代表されるような、植民地期の被動員者やその遺族ではく、これを支援する運動家らにより組織される「支援団体の役割が重視されてきた。しかし、このような「支援団体」が重要になるのは、1990年代中葉以降のことであり、それ以前においてはむしろ植民地期の被動員者およびその遺族が構成する「当事者団体」が中心となっていたことが明らかになった。
これらのさまざまな知見において、とりわけ重要なのは、第三の点である。すなわち、日韓両国間の歴史認識問題の展開においては、90年代前半において韓国の運動の主導権が、植民地期の被動員者やその遺族といった「当事者」から「支援団体」を構成する「運動家」たちに移ったことが重要であり、このことが、韓国におけるこの問題をめぐる対応の硬化をもたらすこととなっている。このことは今後のこの問題を巡る円満な解決においても、如何にして「当事者」との関係を回復していくかが重要であるか、を意味している。
2016年9月