成果報告
2015年度
アジアの漆工文化の源流を探る?ブータン漆樹の種の同定と利用
- 工藝素材研究所 主宰
- 北川 美穂
研究の成果または進捗状況
助成期間の2015年8月から2016年7月末までに以下の成果をあげることができた。
- 1. 2015年6月に採取、ブータン国立生物多様性センターとMTAを締結し、同年7月に日本に導入したブータン漆葉のサンプル11点の目視観察、DNA解析、熱分解ガスクロマトグラフィー質量分析(以下Py-GC/MS)の手法での同定を試みた結果、4種の漆樹の存在が判明した。そのうち1種はDNAデータベースに未登録の種であった。
- 2. 2016年5月18日から6月2日に現地調査を行い、昨年の調査地の他、ブータン漆器のルーツともいわれるプナカ、今回が初調査の漆塗り酒筒を製作するケンカル、かつての漆器産地ラディ、漆器産地ではないチャスカールで花を含む16種の漆葉サンプルと3種の漆液を収集、MTAを締結した。これらのサンプルを10月に日本に導入し同定作業を行う。
- 3. ケンカルでは現在も足踏み轆轤を用いる木地職人を確認し、トンサ郊外の元漆職人からの聞き取り、木地加工の刃物を製作する鍛冶、轆轤木地の接着剤であるラック養殖農家の調査も行えたことで、地域による特色や販売ルート、かつての素材などの情報を得ることができた。
- 4. 6月1日にブータン地域工芸振興局長のラム・ケザン・チョペル氏の招待特別講演を含めた「第二回ブータン・日本漆セミナー」を首都ティンプーで開催し、50名を超える参加者を集めた。当日の様子を含めた漆の特集はブータン国営放送の英語ニュース番組内で放送された。
研究で得られた知見
2016年採取の標本が到着前の段階で、葉緑体ゲノムのtrnL-trnF領域、約400塩基対の配列と、漆葉と漆器塗膜の成分分析結果から、ベトナムなどと同じ、樹液成分にラッコールを含む種のほか、日本、中国、韓国などと同じ、樹液成分にウルシオールを含む種の存在が示された。
硬化後は溶剤に溶けない漆塗膜の成分分析が可能なPy-GC/MSを補助的に用いることが漆樹の同定や漆器産地の推測に有効であることを実証した。今後、漆樹の部分分析を行う場合、漆成分が凝縮された箇所を試料に用いることで、より効率的な分析結果が得られると考えられる。
最大の漆器産地タシヤンツェと、他地区で少量のみ製作される漆器の素材、道具、製作工程には若干の違いがあることが判明した。これらの情報は漆器の産地を判断する際に有用となる。
今後の課題
本年採取した標本は前年採取した標本と他国で利用されている漆樹と比較し、ブータン漆樹の種を決定しブータン側に報告、DNA情報をデータベースに登録し、学会で発表を行う。
それぞれの漆樹から採取できる樹液の特性と、現在の種別の漆樹の分布の概要をまとめる。現在の実や葉からの採取方法の他、他国の漆採取方法も参考にし、現在利用されていない漆樹の有効活用を検討するほか、不足する素材の安定供給、想像以上にタシヤンツェの職人の間に広まってしまった日本で精製されたチューブ入り中国産漆の使用による漆かぶれや将来的な健康被害、価格の高騰による国内需要の減少への対策など、引き続き助言を行うことが必要と考えられる。
2016年9月