成果報告
2015年度
学際的日本外交研究のパイロット・プロジェクト― 歴史学・理論研究の連携と海外発信をめざして
- Simon Fraser University, Political Science Department Associate Professor
- 川﨑 剛
日本外交研究において、歴史家と理論家がペアを組み英文論文(事例研究)を作成する――それも日本人同士で――という作業は未知の領域といえる。4組の歴史家・理論家ペアが参加した本プロジェクトは、その領域に足を踏み入れようとするものであった。当初めざした「テーマが異なる英文論文を4本作成する」という目標には到達することはできなかったものの、この1年間の経験を通じて大変有益な教訓を得ることができた。研究論文執筆の手順を「文献調査 → 分析枠組の確立 → 分析作業 → 草稿執筆・完成」と捉えたうえで以下、4点の教訓を指摘したい。
(1)文献調査段階における作業量
各ペアにおいて、あらかじめ想定していたものよりも作業量はかなり多くなった。3つの理由が指摘できる。(ア)まず、日本外交史上の事例に関して日本語のみならず英語の先行研究をも歴史家がレビューしなければならないこと。英文論文である以上、英文先行研究が持っている不十分な点を指摘しないと議論が成立しないからである。(イ)同様に、当該事例に関係する国際政治理論文献(英文)を理論家は批判的に検討する必要がある。(ウ)さらには、適切な仮説設定のためには理論家自身が歴史学の先行研究(日本語・英語とも)や史料を読みこむことが欠かせない。同様に、歴史家が理論文献の文脈を理解することが必要となる。こういった3つの作業を十分にこなさない限り、当該事例をめぐる学術的文脈について十分な「土地勘」を得ることができないが、そういった「土地勘」をペアが共有するまでにはかなりの時間と努力が要されることが判明した。別の言い方をすれば「日本語文献と英語文献の間にある壁」だけでなく、「歴史学と理論研究との間にある壁」の2つを各ペアが乗り越えなければならかったのである。「歴史家と理論家がそれぞれの領域にとどまり、日本語文献だけ読んで、まとめた草稿を英語に訳せばよい」というような認識では到底おぼつかない。
(2)分析枠組に関する合意
研究論文には明晰な分析枠組――当該事例のいかなる側面をどの理論と組み合わせ、どういった知的貢献を目指すのかといった設計図――が欠かせない。異分野からの研究者たちが1つの分析枠組に合意できるのかどうかが、共同研究成功の決定的で最も重要な鍵となることが判明した。本プロジェクトの4ペアを比較してみると、こういった合意を達成できた2つのペアができなかった残りのペアよりも、より高い進捗度を示している。また、分析枠組について合意が可能かどうかは、様々な要因によって影響されることも今回明確になった。本プロジェクトでは各ペアが自主的にテーマ選別と分析枠組作成の責を負ったが、分析枠組合意の重要性と複雑性とにかんがみて、将来の共同研究では「参加者全員が共有すべき分析枠組」をあらかじめ明確に設定した方が良いと思われる。さらには、本プロジェクトで採用したペア方式以外の執筆分担方法も、将来検討されるべきであろう。
(3)人的ネットワークの構築
2回にわたる全体会議において、異分野間ならではの新鮮で刺激的な意見交換ができた。これは参加者全員の認識である。一般論的・抽象論的な意見交換ではなく、事例ならびに定性的分析手法という具体的な焦点を設けたのが効果的であったように思われる。目に見えない成果ではあるが、この種の共同研究に必要な人的ネットワークをさらに広げていく一つの糸口ができたと信ずる。
(4)研究期間
査読に耐えうる高質の英文共同論文を作成するには、やはり2~3年は必要と思われる。第1回全体会議の後、各ペアが作業に取りかかり、第2回全体会議で草稿を持ち寄るという段どりであった。しかし、第2回全体会議の開催時を延長しても、当初の目標は1年では達成できなかった。分析枠組みの確立に成功した2ペア(前述)においても、その後の段階である分析作業を歴史家と理論家とが共同でせざるを得ないことが判明し、ここでもかなり時間をとられた。結局、かろうじて第1草稿にたどりつけたのは1ペアのみである。助成期間後は、論文完成に向けて各ペアが独自に作業を続けていく予定である。
以上、パイロット・プロジェクトとして本共同研究は具体的な教訓を引き出すことができた。これを皮切りにして、我々がめざす「学際的な日本外交研究を海外に向けて発信する活動」がこれからますます活性化され、発展していくことを望む次第である。
2016年8月