成果報告
2015年度
若者の自由空間とガバナンス― 1970年前後から現在まで
- 京都大学大学院文学研究科 教授
- 伊藤 公雄
本研究は、1960年代後半以後、世界各地で広がった若者のカウンターカルチャー運動と「自由空間」との結びつきを探るものとして企画された。調査のなかで、京都における京大西部講堂などの「自由空間」が、しばしば当事者である若者たちの自主企画や自主運営によって維持されてきたことが改めて確認された。他方、ヨーロッパ各地でも、1970年代以後、若者の失業の拡大等を契機に、空き家や空き工場の占拠などが展開され、自由空間とカウンターカルチャーとが結びついた運動が大きく広がった。イタリアおよび北欧において現地調査を実施し、こうした運動についての考察を行った。
京大西部講堂を対象にした1960年代後半以後の京都のカウンターカルチャー運動の調査研究は、当時の当事者たちの協力のもとに、現在、最終的なまとめに入りつつある。東京とは異なる、商業主義的文化と距離をおきつつ展開された西部講堂運営の特徴を明らかにするとともに、1970年代の京大西部講堂連絡協議会の結成とその後の自主運営の形態から現在にまで至る歴史を整理し、研究成果を『京大西部講堂物語』(人文書院)として出版予定(2017年)である。
スウェーデンとイタリアを軸にしたヨーロッパにおける自由空間についての調査研究も、現地の共同研究者の協力により成果を生み出しつつある。2015年7月のヴェネツイアの調査(前年度の助成による)に続き、9月には、スウェーデンのヨーテボリ大学のカール・カッセゴール准教授(共同研究者)とともに、ヨーテボリのハーガ地区における1970年代のジェントリフィケーションとそれに対抗する空き家占拠の動向についての調査とコペンハーゲンにおけるクリスチャニア(北欧最大規模の自由空間地域)の研究者との交流をもった。2016年3月のトリノおよびミラノにおける3カ所の社会センタ―の聞き取りにおいて、アナキズム系センタ―や左翼系のセンタ―では、過去の運動のアーカイブ化の動きや、書店の自主的運営、食堂などにより地域との連携などがスムーズに展開されていることが明らかになった。また、アート系のセンタ―(旧大型市場を占拠して活用)では、運営委員会の現場でインタビューも実施した。60代から70代の高齢者メンバーと20代の若い世代が一緒に計画案について協議している姿が印象的だった。このアート系のセンタ―では、近々オランダの美術系大学の学生による2週間ほどの実習が行われるということであった。
これまでの調査から、現時点で得られた成果は、以下の4点にまとめられる。①若者の自由空間運動の背景には、文化創造および文化消費の経費負担の大きさという問題がある。自主的な文化とのかかわりの必要性の背後には、政治的反抗のみならず経済問題が控えていた。②自由空間の存続のためには行政機関や所有者との継続的なバーゲニングが重要な意味をもつ。特に、地方政府等の行政機関との交渉はきわめて重要である。③自由空間は当初の一種アナーキーな運営をしていたものも多いが、近年では、内部のルールの策定(特に強力なドラッグの持ち込み禁止)の動きがみられ、独自の内部秩序が形成・維持されている。④近年の特徴として、女性のアクティヴィストの増加が各地で確認されている。女性の参画は、かつての自由空間のもつ暴力性の抑制につながり、結果として行政との関係構築や地域社会へのとけ込みにとって有効に作用していると考えられる。
2016年9月