成果報告
2015年度
丸山眞男とカール・レーヴィット:「近代」をめぐる東西の政治哲学の交錯
- 東京大学大学院法学政治学研究科 博士課程
- フラヴィア・バルダリ
1.2016年度の研究成果・意義・目的
申請者の研究テーマは「丸山眞男とカール・レーヴィット:「近代」をめぐる東西の政治哲学の交錯」である。この研究は20世紀の東西の思想交流の姿をたどりながら、「近代」の意味を再検討することをその課題としている。2016年度は、以下の四つの論点を中心に研究を進めている。
(1)日本の「近代化」批判、(2)近代の病理現象としてのニヒリズム、(3)全体主義とニヒリズムとの関係、(4)20世紀の「近代」像の批判に対する丸山・レーヴィットの反応とその相違点である。
丸山とレーヴィットは「近代」への取り組みのために西洋思想と東洋思想を扱っており、また20世紀の戦前・戦中期の政治的な状況を哲学的なカテゴリーで理解しようとした。両者の思想的な土台は、ヘーゲルにおける弁証法と同様に「自己」から「他者」の立場に移行する過程、つまり自己の他者性のなかに自分自身をみいだす過程を必要としている点であると思われる。さらに両者はこの弁証法を通じて相互の文化にアプローチする。現段階で、申請者の研究に取り組む中心的な問題は、政治的な状況とその病理現象としてのニヒリズムや全体主義の思想の基礎を解明することに関わっているが、その上で必要なのは両者の伝統観、そしてそれにかかわる宗教を理解することである。そこで中心概念となるのは、「精神」のあり方と深く関連する(歴史観も含んだ意味での)「時間」概念である。古代ギリシアにおける時間観、キリスト教における時間観、仏教の時間観、「日本的なるもの」の時間観。レーヴィットと丸山が、同時代の政治状況とも関連させながら、それぞれに時間観の比較思想的考察を試み、人間の望ましい主体像とそれを支える時間観をどのように構想したか。それを明らかにすることは、このテーマをこえた、比較思想史・比較文化論のさらなる展望をも切り開く試みであると言えよう。
2.新しい問題発見
これまでの研究では丸山とレーヴィットの問題関心の中心に、「伝統」なるものは何かという問いがあったということが明らかとなった。特に両者は伝統における宗教の役割に対する理解を深める必要があると考えた。丸山は日本文化における仏教、儒教、神道の習合過程を辿りながら日本の「原型」を見つけ、それを通して「政治の発見」(詳しくは13・14世紀における伊勢神道の親房北畠解釈、そして江戸時代における荻生徂徠の儒学理解)とそれにかかわる現代政治の状況との連関について語ろうとした。同様に、レーヴィットの議論においても、世俗化した西洋世界における「原型」のような世界観から宗教を理解しようとする考え方がみられる。伝統の進め方を通して、両者はファシズムと「ニヒリズム」を分析する。それに関して申請者は次のような問題を提起する。両者の東西思想・文化・状況における「ニヒリズム」理解は、どのような類似点と相違点を持っているのか。要するに、同じ言葉・概念が異なる伝統の文脈の中で、ニヒリズムはどのようなニュアンスを帯びてくるのか。こうした問題に答えるのは、東洋で扱われている西洋思想や政治哲学のカテゴリーがどのような意味を持つかを理解する上で有意義な試みであると言える。
3.今後の課題と計画
来年度には、以上の研究成果を博士論文としてまとめ、提出する計画である。また複数の研究発表および関連研究者との協業が予定されている。研究活動および関連協議への参加のため、申請者は来年度に日本国内に滞在する必要がある。来年度は、申請者がこれまで蓄積してきた研究成果を、具体的な結果物として可視化するためにもっとも重要な時期であるため、「サントリー文化財団研究助成『外国人若手研究者による社会と文化に関する個人研究助成』(サントリーフェローシップ)」の採用期間の延長を申請し、引き続き研究を進める。
2017年4月