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研究助成

成果報告

2015年度

戦後日本国際政治思想における現実主義の台頭と成熟:講和論争からデタントまで

京都大学大学院法学研究科 博士後期課程
張 帆

 従来の国際関係論研究は西洋中心主義が強かったが、近年の学界では非西洋的国際関係論の可能性が検討されており、日本の国際政治学の再考も重要性が増やすようになった。日本的国際政治理論があるかどうかという問題をめぐって論争があるが、その可能性を生み出せる日本的国際政治思想は確かに存在している。そこで、筆者は戦後日本国際政治思想の一流派である現実主義に注目している。
 既存の研究が指摘したように、戦後日本の現実主義は理想主義的平和論を批判する中で発展してきたものである。現実主義は国際関係論のリアリズムを受容しながらも自らの特色を保ち、日本の外交政策にも大きな影響を与えた。しかし、特に海外の学者はリアリズムに基づいて日本の現実主義を理解する傾向が強く、現実主義の独自性をめぐる議論が欠落している。従って、戦後日本の現実主義を考察することを通じて、その日本的な性格を明らかにすることが非常に有意義である。
 先行研究は有益な知見を提示する一方で、幾つかの問題点が残されている。最大の問題点は、ほぼすべての先行研究が六〇年代の現実主義に焦点をあてて、現実主義における連続性を見落としたことである。この課題を克服するために、本研究は講和論争からデタントまでの日本の現実主義を研究対象とし、1949-60年、1961-70年、1971-79年という三つの時期に分けて考察を行う。戦後日本の現実主義は安保闘争まで理想主義的平和論を批判しながらその原型が形成され、六〇年代に高坂正堯、永井陽之助らの登場によって台頭を成し遂げ、日米貿易摩擦や石油危機など七〇年代の課題に対処する中で成熟に迎えた。その展開は、まさに高度経済成長がもたらした日本の国際政治思想の変化を如実に反映している。本研究は時代的背景、歴史的展開、内容と特徴を含め、同時期の現実主義を包括的に検討する。
 本研究は主に三つの研究手法を用いる。第一に、『世界』『中央公論』『文藝春秋』『自由』『諸君』など代表的な論壇誌を取り上げ、テキスト分析法で各時期の現実主義的言説を考察する。第二に、過程追跡法を使って現実主義という概念が変容してきた過程を解明し、特に代表的な「現実主義者」の問題意識に注目する。第三に、リアリズムとの比較分析によって、現実主義の日本的な性格を明らかにする。
 筆者は2016年6月にアスティオンWEBエッセイとして「高坂正堯の知的遺産とその現代的意義」という小論を公表した。7月に清華大学(中国・北京市)主催の「政治学与国際関係学術共同体会議」に出席し、「理解日本型現実主義:歴史与理論」をテーマとする研究報告を行った。10月にサントリー文化財団主催の「サントリーフェロー中間報告会」で研究報告を行い、審査委員の先生方から貴重なコメントを頂いた。
 この一年間の研究で得られた知見は主に下記の通りである。講和論争から安保闘争にかけて、「保守派」と「進歩派」は論壇で激しい論争を行った。「保守派」は(1)共産主義への警戒、(2)権力政治の重視、(3)観念的な外交論への反対という三つの問題意識から単独講和、再軍備、日米安保の必要性を訴えた。こうして、戦後日本の現実主義は「進歩派」の理想主義のアンチテーゼとしてその原型が形成された。しかし、当時の現実主義は力と既成事実のみを重視し、ソ連と共産主義を警戒することでイデオロギー的性格が強かった。
 六〇年代に至って、高坂正堯、永井陽之助らは論壇で「(新)現実主義」を掲げて現実主義の台頭を遂げた。この新しい現実主義は国際関係論の「古典的リアリズム」から影響を受けて、権力政治を重視しながらも価値の役割を認める。つまり、「(新)現実主義」は「進歩派」の理想主義だけでなく「保守派」の現実主義にも批判を加え、従来の外交論争を超克する可能性を示した。また、パワーの多様性を認識する「(新)現実主義」に基づき、高坂らは特に経済力の重要性に注目し、吉田ドクトリンを高く評価した。他方、彼らは吉田外交の欠陥を直視し、日本の非核武装や日中国交の早期回復を主張する点において「進歩派」との共通点もあった。
 七〇年代に入り、日本は「経済大国」になったが、日米貿易摩擦や石油危機など「相互依存の時代」の課題に対処することに苦しんでいた。これを契機に、「現実主義者」は「通商国家」日本の限界を意識するようになり、「他国に役に立つ能力」に処方箋を求めようとした。そして、デタントの終焉を背景に、「総合安全保障」という概念が示したように、「現実主義者」がパワー運用の多様化を主張することになった。こうして、現実主義はその成熟を迎えたと同時に、八〇年代以降の日本外交の方向性を提示した。
 暫定的な結論として、現実主義は「古典的リアリズム」を受容しながらもパラダイムに拘りなく、日本外交の諸課題の解決を主な目的とする点においてオリジナリティがあり、まさに「日本的現実主義」である。
 今後はこれまでの研究成果をまとめて、博士論文として京都大学に提出する予定である。また、研究内容の一部を加筆・修正して、学術雑誌に投稿する。そして、博士号取得後、八〇年代以降の日本の現実主義について考察を行う。

2017年5月 ※日本学術振興会特別研究員DC(京都大学大学院法学研究科)

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