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研究助成

成果報告

2015年度

張居正『孟子』注解と西欧『孟子』受容史に関する研究― フランス革命への影響を中心に ―

筑波大学大学院人文社会科学研究科 一貫制博士課程
佐藤 麻衣

【研究の特色】
 本研究は、清代におけるイエズス会士によってヨーロッパ社会に強い影響をもたらした中国哲学の伝達に着目し、『孟子』の思想がどのように受容され、当時の思潮に具体的変動を引き起こしたのか考察することを目的とする。
 ところで、清代の宣教師たちは、「四書」訳出の際、明代の宰相で文教行政の長であった張居正の注釈を重視し、解釈の拠り所としていた。『孟子』の革命説などは、絶対王政・王権神授が正統視された当時のヨーロッパの脅威となる要素を含んでいたが、ベルギー人イエズス会士フランソワ・ノエル著『中華帝国の六古典』(1711)で初めてラテン語に全訳され、後にこれが、まさにフランス革命直前に、元コレージュ・ド・フランス教授のフランス人神父プリュケ著『中華帝国経典』(1784-86)においてフランス語に抄訳・出版される。加えて、プリュケには百科全書派との交流という注目すべき事実があった。
 以上の流れから、張注に立脚したノエル訳とプリュケ重訳を経由して、『孟子』の革命説が、百科全書派のみならず、フランス革命にまで流入した可能性が極めて高い。


【研究の成果】
 すでに拙稿において、従来気づかれなかった張居正の思想の一端を抽出できただけでなく、これが実際政治政策にまで反映されていた点や、その思想的傾向がプリュケ『孟子』訳文における意図的な「人名・数字の修正」さえも誘発した可能性のあることを発見できている。さらに、シノロジーにつながるスタニスラス・ジュリアンの『孟子』訳にもプリュケと同様「人名・地名の修正」が存在する事実を確認できた。特にプリュケの場合、それは『孟子』の革命思想を積極的に肯定是認する作業に連動し、ルイ王政に対するプリュケ自身の批判的観点が投影されている可能性が高い。同様に、ジュリアンの修正にもプリュケとよく類似した傾向が存在する。従って、ジュリアン『孟子』受容を具体的に検証することで、プリュケ『孟子』受容とその特徴が、フランス革命に流入したことを探るための一つの手掛かりとなり得る。
 他方、『孟子』受容によって、儒教の徳治主義に依拠する限り革命(王朝交代)を是認するプリュケの主張が、当時の奢侈批判と結びつき、過熱する奢侈論争の波に乗ってフランス革命にまで流入した可能性が高く、その具体的な解明が今後の研究目標である。

2017年5月

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