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研究助成

成果報告

2015年度

戦前・戦中・戦後直後の放送制作者の思想史的研究

立教大学 兼任講師
尾原 宏之

●研究の動機と目的
 本研究は、昭和期に活躍した日本放送協会(NHK)の番組制作者・丸山鐵雄(政治学者丸山眞男の兄)の評伝的研究を中心に、戦前・戦中・戦後直後の放送制作者の思想と行動を明らかにする試みである。現代日本のマスメディアにおける報道や表現は、放送局、新聞社、出版社のサラリーマンであるプロデューサー、ディレクター、記者、編集者らによって担われている。外部の自立した表現者の作品であっても、基本的にマスメディア各社に所属する社員の企画や提案、管理がなければ一般に流通しない。にもかかわらず、彼ら組織内表現者(本研究はこのような人々のことを〈サラリーマン表現者〉と呼ぶ)の仕事の背景にある思想がどのようなものであり、またその思想がどのように形成されたかを明らかにする研究は十分に行われていない。そこで本研究は、戦前の日本放送協会に正職員として就職した〈サラリーマン表現者〉の草分け的存在である丸山鐵雄の評伝を通して、その課題に取り組もうとするものである。それに加えて、〈サラリーマン表現者〉の輪郭をより鮮明に描くために、対照的なフリーランスの表現者についても研究を進めることとした。その格好の対象が丸山鐵雄の近傍に存在する。フリーライターの草分け的存在であり、フリーランスの表現について生涯考え続けた弟の丸山邦男である。邦男については、現在入手できる著作に限りがあることから、まず資料集として重要著作のアンソロジーを編集・刊行することにした。


●研究の意義
 顕名の表現者(映画監督、作家、思想家など)ではなく、組織の枠内で表現活動に従事する匿名性の強い〈サラリーマン表現者〉がどのように誕生し何を創ってきたか、という問題は、現代のマスメディアが送り出す表現のほとんどが彼らによって担われている以上、解明すべき重要な問題であることは論をまたない。本研究は、その端緒となる意義を有していると考えられる。


●研究成果と得られた知見
 現在までの研究成果として、2016年10月に白水社より刊行された単著『娯楽番組を創った男 丸山鐵雄と〈サラリーマン表現者〉の誕生』がある。この著作は、丸山鐵雄の生涯とその思想、そして番組制作の実態を解明した評伝的研究である。鐵雄の生涯の事蹟で一般的に知られている事柄には、次のようなものがある。第一に、京都帝国大学在学中に発生した瀧川事件に抗議する学生運動への参加。第二に、太平洋戦争中、国民の戦意をかきたてた「イギリス東洋艦隊潰滅」など『ニュース歌謡』の企画制作。第三に、戦後に一世を風靡した娯楽番組『日曜娯楽版』の企画・制作。第四に、現在まで続く「国民的」番組『のど自慢』の企画・制作。これらの諸点について京都大学大学文書館、NHK放送博物館、国立国会図書館などで資料を調査し、その実態の解明に取り組んだ。第一の瀧川事件については、『大阪朝日新聞』京都版に掲載された鐵雄作の事件批判の替え歌『戦友(大学の歌)』がよく知られており、そのことから鐵雄を抗議運動の中心的存在と考える向きもあるが、運動の中心は二年生であり、一年留年して四年生になっていた鐵雄は主力部隊にはいなかった。しかし、自作の替え歌が全国に知られたことで、替え歌による政治・社会諷刺の手法に対して確信が生まれ、それが『日曜娯楽版』につながっていくことを明らかにした。第二の戦意高揚番組作りについては、日中戦争期に「国策」番組に批判的であった鐵雄が、アメリカ資本主義批判を軸にして反米思想を強固に持つに至ったこと、それが反ユダヤ主義にまで接続されたことを明らかにした。第三の『日曜娯楽版』については、この番組が替え歌、川柳、戯作など鐵雄が若い頃から取り組んできた表現を基礎とし、三木鶏郎らの才能を集めて作られたことを明らかにした。また第四の『のど自慢』に関しては、戦前の資本主義批判を受け継ぎ、「資本主義的音楽生産機構」が生む音楽つまり商業音楽に対抗する「大衆の歌」を創る試みであったことを明らかにした。
 このほか、「国策」番組と鐵雄の思想変遷の関係に着目した論文「戦前・戦中・戦後直後娯楽番組の連続性と政治性 丸山鐵雄の番組制作と大衆芸能論を素材として」が2017年夏刊行の『近代日本の対外認識Ⅱ』(彩流社)に収録される。


●今後の課題と見通し
 丸山鐵雄個人についての評伝的研究は、上記単著および共著においてひとまず完成した。今後は〈サラリーマン表現者〉の思想の輪郭をさらに鮮明にするため、フリーライターである弟の邦男の著作集の刊行に注力する。現在様々な雑誌に書いた邦男の著作を収集しているところであり、早期の刊行を目指している。

2017年5月 ※甲南大学法学部准教授

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