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研究助成

成果報告

若手研究者のためのチャレンジ研究助成

2014年度

旋律と歌詞の計量的分析による日本民謡の地域的特徴の解明

人間文化研究機構国立国語研究所コーパス開発センター プロジェクト非常勤研究員
河瀬 彰宏

研究の目的
 本研究の目的は、音楽文化の伝播・変容の実態を解明するために、日本民謡の地域的特徴─各地域の音楽を構成する要素とそれらの相互的関係─を実証的に探ることである。
 

研究の動機
 報告者は、これまでに『日本民謡大観』(日本放送協会出版、1946-1980年)に掲載されている全楽曲の中から、全国的規模で歌われている上位5種目─盆踊唄、田植唄、田草取唄、地形唄、子守唄 ─の楽曲(1,794曲)を電子データ化し、その特徴を抽出・比較することにより、次の3点を明らかにした:(1)日本民謡における最も重要な特徴は完全4度音程を基礎とする旋律のパターンであること;(2)隣接する地域ほど音の使用傾向が類似すること;(3)地域差を大局的にみると、方言地理学における方言区分や民俗学における東西二分論と概ね一致すること。
 しかしながら、集落間における楽曲の伝播・変容の解明に向けて、より精緻な分析を試みるためには、さらなるデータの拡張とともに、令制国(旧国)単位での特徴比較を大規模に展開することが必要であると考えた次第である。
 

研究の意義
 旋律と歌詞の総体として音楽を分析し、それらの特徴を機械可読なデータ形式として公開することは、従来の人文科学諸分野の研究では実現できなかった音楽文化の実証的研究を促進させるための情報を提供させるだけでなく、広く文化現象の解明に向けた学際的研究を実現させることに寄与する。そして、未解明だった音楽文化の伝播・変容の実証的研究を促進させ、文化間の隠された影響関係の発見・類推・予測に寄与する意義がある。
 

研究成果
 はじめに、『日本民謡大観』(日本放送協会出版、1946-1980年)に掲載された全楽曲の電子データ化と楽曲に付随するコンテンツ情報の整備を実施した。この作業には研究全体の四分の三の時間を有した。今後の旋律の比較分析に着手するための模範的事例として、九州地方(西海道)、中国地方(山陽道・山陰道)、四国地方の全楽曲の電子データ化とその整備がそれぞれ完了した時点で、令制国単位での旋律的特徴の抽出と、多変量解析に基づく楽曲の分類実験に着手した。これにより、上述した全国的規模の標本調査よりも精緻に九州地方、中国地方、四国地方での音の使用傾向を把握することができた。
 新たな発見は、次の6点に集約される:(1)隣接する国ほど旋律の骨格となる特徴の使用傾向が類似し、旋律パターンの最小構造の生成確率値によってそれを裏付けたこと;(2)従来の音楽学研究において日本音楽の旋律を把握する上で最も重視されてきた小泉文夫のテトラコルドの使用傾向は、九州地方全域、中国地方全域、四国地方全域において、全国的規模よりも大きな偏りをもつこと;(3)九州北部の国々ではChinaの音楽に由来する旋律的要素(律のテトラコルド)が多く出現し、南部の国々には琉球的要素(琉球のテトラコルド)が現れること;(4)中国地方東部および四国地方東部では畿内の都会的要素(都節のテトラコルド)が強く見られること;(5)四国地方西部では九州地方と類似する特徴が見られること;(6)現時点では考察の域を出ないものの、小泉文夫のテトラコルドの使用傾向による令制国の分類実験の結果から、日本民謡がもつ特徴の伝播が陸路よりも海路・水路に起因する可能性が示唆されたこと。
 以上の成果は、投稿論文1報、国内学会発表2件、国際学会発表5件(3件は採択済み)として結実した。
 

今後の課題・見通し
 今後の課題として、民謡の実証的研究を旋律だけでなく、民謡の発生に関わる歌詞の計量分析にも展開し、旋律的特徴と語彙的特徴を融合・可視化させることによって、複数の側面から音楽文化の伝播・変容に迫る予定である。
 報告者は、これまでに旋律の計量分析と並行して、上代から現代に至る様々なテキストの知識資源化とその計量分析に従事し、テキストに内在する価値・背景の抽出に努めてきた。2016年4月現在までに、楽曲データの整備が概ね完了しており、歌詞の計量分析のための電子データ化作業に着手している。歌詞の形態素解析を大規模に実施し、民謡の語彙的特徴を地域ごとあるいは種目ごとに把握することができれば、本研究課題(旋律の分析)と同様に、音楽に内在する価値の共有と媒介手段の実態が言語の側面からも解明できるものと確信している。
 また、2015年度に京都大学地域研究統合情報センターが公募していた共同利用・共同研究プロジェクトのひとつとして申請中であった「音楽文化の伝播の解明を目的とした中国地方・九州地方における日本民謡の計量的分析」(研究代表者:河瀬彰宏)が採択されたことにより、2016年5月より本研究課題を学際的に展開する準備である。
 

 

2016年5月

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