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研究助成

成果報告

若手研究者のためのチャレンジ研究助成

2014年度

戦後日本社会における着物の歴史社会学的研究

東京大学大学院総合文化研究科 博士課程4年
小形 道正

研究目的
 着物はかつて日本人の日常的な衣服であったが、戦後を通じて、その姿はほとんど人びとの眼前から消え去っていった。けれどもこのことは決して着物が、全く身に付けられなくなったというわけではない。人びとはその後も冠婚葬祭時における、非日常的な衣服として着物に袖を通した。また現在では着物市場の逓減(経済産業省の報告書によれば、現在は昭和50年代の10分の1にまでになっているとされる)、伝統技法の継承、後継者の不足などさまざまな問題が取り上げられる一方で、若者の成人式や卒業式における花魁の格好をはじめとする、奇抜な着物のスタイルが注目を集めている。
 それでは戦後日本社会のなかで、着物はどのような過程を経て、日常着としての形象を失ったのだろうか。また非日常的な伝統着となった着物は、どのような変貌を遂げながら存続し、現在の形象へと至ったのか。本研究では(α)人びとの着物に対するまなざし(言説や広告表現)と、それを可能にする諸条件、すなわち(β)着物産業をはじめとする社会構造の双方の分析視点から、人びとと着物の関係の歴史と現在について明らかにすることを目的とする。

 

研究成果
 これまでのところ、戦後日本社会における着物の形象は、大きく4つに区分される。それは①生活着の着物(終戦から50年代)、②盛装の着物(60年代から70年代前半)、③芸術作品の着物(70年代後半から80年代)、④コスプレの着物(90年代から現在)という4つの形象である。
 まず第1期では、終戦後、「新しいキモノ」という着物の更正を目的とする言説が広がっていた。それは着物がいまだ、人びとの生活着であった姿を物語っている。またそこではとくに化学繊維を用いた、 「新しいキモノ」の実践が謳われていた。だが、第2期の高度経済成長期を迎えると、着物は非日常的な盛装・礼装の衣服となっていく。それは第1期とは全く対照的な着物の姿であり、たとえば着物の「正しさ」という規範性を重視する言説が登場する。またこの盛装の着物は、広告表現のなかで、女性の生涯の幸福として表象される。
 つぎに第3期においては、着物は更なる高級化を重ね、ひとつの芸術作品として人びとに消費されていく。それは具体的に人間国宝、あるいは重要無形文化財などに指定された着物である。またこうした芸術作品としての着物の数々は、広告においても人称性を喪失し、衣桁に掛けられた着物姿が演出されていく。最後に、現在の第4期では、着物産業の衰退がいわれるなか、先述したような奇抜な格好が目立つようになり、現在の着物はもはやコスプレの衣装のように扱われている。それは現在の着物が多くの人びとにとって購入する憧憬の対象ではなく、ひとつのレンタル商品となっていること、またこうしたレンタル着物はインクジェットという新たな技術の登場と相まって加速していること、そして着物を纏う人びともまた、その真贋ではなく、髪飾りやメイクをも含めた全身のコーディネートを重視していることが挙げられる。

 

今後の課題
 このように戦後日本社会における着物は、生活着の着物から盛装の着物へ、芸術作品の着物へ、そしてコスプレの着物へと、4つの形象の変遷を遂げてきたといえる。本研究課題の一部については、現在の着物と都市の関係性をめぐる論文が『季刊iichiko』126号(「着物文化と都市の現在」)に、また本研究全体の問題意識を記した短文が『現代思想』43巻12号(「着物と戦後」)にそれぞれ掲載された。今後は一貫した方法論に準拠した、各時代の着物の形象に関する論文を発表していくとともに、本研究の体系的な全体像を呈示し、「戦後日本社会における着物の歴史社会学的研究」として、ひとつの作品に昇華させたいと考えている。

 

2016年5月

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