成果報告
2014年度
自治のまちづくりと都市再生
― 「都市コモンズ」としての空き家・空き地 ─
- ライプツィヒ大学日本学科 博士後期課程2年
- 大谷 悠
■研究の動機・意義・目的
筆者は2011年よりドイツ・ライプツィヒで空き家をセルフリノベーションしながら様々なまちづくり・都市再生の活動を行う登記社団(NPOに相当)「日本の家」を立ち上げ、共同代表を務めてきた。この活動を通じて、都市の空き家・空き地に代表される市民が手頃につかえる空間が、市民の共同管理と活動によってミニマルな自治の空間=「都市コモンズ」の空間となることを実感し、トップダウン型の都市再生が行き詰まりを見せている現在、ボトムアップ型の住民活動と空間の相互作用がこれからの都市マネージメントのカギを握り、社会・経済・環境・文化的なサスティナビリティに大きな役割を果すのではないかと考えたことが本研究を始めたきっかけである。
都市計画や不動産の分野において空き家・空き地は、「埋める」か「つぶす」ものであるとみなされがちで、その「空いているからこそ可能なこと」という視点、あるいはその「多様な人々が自由に使える」という空間の社会的な役割についてはほとんど触れられてこなかった。本研究は新たな都市マネージメント論への展望を開くという領域横断的なチャレンジの第一段階である。
■2015年度の研究成果と得られた知見
1. 日本における自治のまちづくりに関する聞き取り調査(尾道、鳥取)
尾道と鳥取において、空き家・空き地の課題とそれを基点とした「自治のまちづくり」について聞き取り調査を行った。調査の結果特筆すべき点は、地元で空き家再生に取り組む市民団体の活動が既存の不動産・住宅市場に依拠せず、市民同士の「つながり」によって空き家の再生がなされている点である。これは既存の不動産的アプローチによる空き家問題解決の限界を示すとともに、空き家問題によって地元コミュニティの団結が強まり、若者の挑戦を応援したり、共助の活動を行う非営利的なモチベーションが強まることを示している。また鳥取の両町では平成の大合併によって旧町の行政機能が失われることへの危機感が、NPO創設のモチベーションとなった。このように、既存の市場と行政サービスの力が弱まるなか、自治のプラットフォームとしての「都市コモンズ」が空き家・空き地をベースに市民らによって作り出されている。これはライプツィヒにおいても同様のことが観察されている。
2. ライプツィヒにおける難民・移民の流入と「都市コモンズ」としての「日本の家」の役割
2015年はドイツにとっては「難民の年」であった。ライプツィヒにも人口の1%を上回る難民が一年で流入した。ライプツィヒ「日本の家」を訪れる人々の出身国を集計したところ、2015年5月からの一年間で64ヶ国以上から人が集まり、うちシリア、アフガニスタンなど難民としてドイツに入国してきた人々ものべ200人以上集っている。行政側は、難民への支援として宿泊所、食事、衣類などの提供を行っている。しかし衣食住が足りていても、他者と関わり合いながら都市生活を送る機会は少なく、難民たちは社会から孤立しがちである。
「日本の家」にあつまる難民の人々は、「ごはんのかい」やワークショップなどに参加し、他者と共に料理を作ったり、音楽やアートに参加している。自らが包丁やフライパンを握って料理をつくったり楽器を演奏することでホストとなり、提供する側になることで、支援を受けるだけになりがちな難民の人々が能動的に活動している。つまりここでは難民としてではなく一人の市民としてまちづくりに参加している。これは「難民支援」に終止しがちな行政の取り組みを補完する活動であり、かつ商業的サービスには不可能な取り組みである。このように市民が自らに必要な活動を行う共助的な空間としての「都市コモンズ」のあり方が、難民問題によってより明確になった。
3. その他の成果
・アイゼンバーン通りの調査とアンケート調査によって基本情報を入手
・ハウスプロジェクトに関する聞き取り調査
・ジェントリフィケーションと都市コモンズ論の既往研究
■今後の課題と見通し
2015年度に得た知見から、自治のまちづくりと空き家・空き地の関係についてモデル化を図っていく。都市の衰退状態、不動産市場の状況と自治のまちづくりの活動の間の相互作用を、空間的調査、統計情報と具体的活動の動向を対応させることで明らかにしていきたい。
2016年5月