成果報告
2014年度
食べて飲む営みと場の「多機能性」からみた大阪論
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21世紀的新盛り場論 ―
- 大阪府立大学人間社会学部 教授
- 酒井 隆史
1,一年にわたるフィールドワークと比較研究によって、大阪という都市における飲酒文化のきわだった多様性と日常への浸透性、そして、そうした大阪の近代史的な特徴が、長期にわたる不況と盛り場の衰退という趨勢のなかでも、深化しこそすれ決して衰えているわけではないことが、はっきりとみえてきた。大阪を周辺盛り場に焦点をあわせてみるという視点からは、情報誌も注目しない周辺部分における新たな業態の誕生をはじめとするダイナミックな動きが浮き彫りになってきた。
2,「バール」スタイルの隆盛のみならず、旧式の居酒屋の活性化、ジャンルを拡げる立ち飲み、昔ながらの角打ちスタイルも健在、カウンターバーも根強く、地域によっては急増している。さらなる現状調査と歴史的分析が必要になるが、当面の仮説を私たちは、高度成長期に確立された盛り場と飲酒文化の関係の崩壊を前提にしながら、飲酒文化にはむしろ成熟がみられ、大阪はそうした状況にもっともよく対応しているといえるのではないか。そして、その成熟を可能にしているのが、大阪における中小飲食店の根強さであるのではないか、と立てている。
3,本研究会では、「盛り場」の概念を、一つの固定された場ではなく、「さかる」という動的な「出来事」として捉える盛り場論の視角に注目し、現在の盛り場のありかたを、高度成長的盛り場からポスト高度成長的盛り場への過渡期として位置づけている。もしそうだとすれば、高度成長期に固有の盛り場とはどのようなものかを明確化することで、それ以降の「さかる」という出来事がどのような性質をもち、どのような場を要請しているのか、つまり「21世紀の盛り場」の像もみえてくるのではないか、という方向性があらわれた。
4,また、当初、本研究会においては、「第三の場(Third Place)」(オルデンバーグ)という視点から盛り場をみることに足場をおいていたが、この交流や社交に力点をおいたのではあらわれない重要なファクターとして、盛り場で「一人である」ことへの重要性がみえてきた。この単身者への注目は中小規模の飲食店への観察とポスト高度成長という視点から必然的にもたらされたものであるが、群集のただなかで単独でありうる場を提供するという盛り場の機能は、重要でありながら、無視されがちであった。盛り場での単独での「遊び」は、しばしば、盛り場、店、店のスタッフ、酒、食べ物との複雑な交渉をともないつつ、一種の都市生活者の美学=倫理を構成している。この歴史は変容を重ねながら、盛り場を生きる実践や言説における一つの軸であったように思われる。本研究は、盛り場の都市論と「生存の美学」という倫理学との関連を探求するという点に、一つの特色をもつことになる。
2015年8月