成果報告
2014年度
アジアの漆工文化の源流を探る
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ブータン漆樹の種同定 ―
- 工藝素材研究所 主宰
- 北川 美穂
漆工品は、アジアに生育するウルシの木の樹液を利用し、東は日本から西はブータンまでのアジアの限られた地域でのみ製作されている。漆液を採取する木はこれまで、
A:Toxicodendron vernicifluum、主成分:ウルシオール(日本、中国、韓国など)
B:Toxicodendron succedaneum、主成分:ラッコール(ベトナム、台湾など)
C:Gluta usitata、主成分:チチオール(タイ、ミャンマーなど)
の3種が知られ、ブータン漆樹はBであると言われていたが、2011-12年の北川らの現地調査によりAの成分を含む漆樹も生育し、過去に漆工品の制作に使われていた可能性が高まった。
この説を裏付けるため、植物の専門家による現地での木の目視調査と、機器分析による塗膜の分析を行い、樹種と製品の関係を明確にすることを目的とする。また、ブータン漆工のアジアでの位置付けを現地で講演し、植物の持ち出しが禁止されているブータンの漆樹の葉などの標本の物質移動合意書(MTA)を締結し、分析と目視観察結果等を照合し漆樹の同定を行う。研究の成果は国内外で公開し、ブータンの伝統漆工産業の保存と発展に向け展開させることを目指す。
研究の進捗状況、成果
2014年7月末までに以下の成果をあげることができた。
1.京都府立大学大学院生命環境科学研究科において、漆樹の核DNAマーカー3種類と葉緑体DNAマーカー4種類の開発を行った。これによりブータン漆樹の遺伝子レベルでの同定が可能となった。
2.Aに近いと推測される漆樹が生育している西ブータンでは既に漆工品の製作が行われていない。そのため、個人所有の古いブータン漆器12点を、修理を兼ね日本に持ち込み、所有者の許可を得て塗膜を採取し熱分解ガスクロマトグラフィー質量分析(Py-GC/MS)で塗膜を分析した。その結果、西ブータンのパロ空港で入手した破損した古漆器1点よりウルシオールが検出され、ブータンでウルシオール主成分の漆樹液の利用が行われていたという1つの証拠を得ることができた。
3.北川、岡田、デンドゥップによるブータンでの漆工品の主産地である東北部タシヤンツェから西部パロにかけての東西縦断道沿線およびパガ地域に生育する漆樹の調査(位置確認、目視観察、写真撮影、葉のサンプル採取、一部については実、花、樹液のサンプルの採取)を行った。
4.ブータンの職人は刷毛など用いず、素手で漆を木地に擦り込み製作を行うが、従来使われている若い実から絞る漆の量が足りないことから、近年、実漆より丈夫であるものの数倍かぶれやすい中国産漆をブータン漆に混ぜて使いはじめていることが判明した。漆職人のかぶれによる健康被害の懸念や、国内の未使用の漆資源の活用の促進、従来のブータン漆と硬化のための環境を変える必要性などを、地域工芸振興局の担当者へ助言を行った。
5.6月10日、ティンプーで日本側2名、ブータン側1名の講演者による、「第1回ブータン・日本漆セミナー」を開催。イェシ・ドルジ農業大臣をはじめ政府機関関係者、ブータン国営放送、一般を含めた33名の参加者を集め、その様子は翌日の英語ニュースで2度全国放送された。
6. ブータン国立生物多様性センター(NBC)とMTAを締結し、6月の現地調で採取した漆葉サンプルを、返却不要・破壊可能の条件で日本に持ち込み、標本用の専用台紙への貼り替えを行った。
今後の予定
湯浅、岡田による漆葉標本の目視精査ののち、標本を京都府立大に移送し、葉の一部を使用しDNAの抽出とDNAマーカー領域の増幅、DNAシーケンス解析に着手する。得られたシーケンスデータを他地区と比較し,ブータンのウルシの木の遺伝的な関係を明確にする。同時に大谷が葉の一部と6月に採取した漆樹液をPy-GC/MSによる分析を行い、T. vernicifluum以外の漆樹にウルシオールが含まれる可能性があるかどうかの確認も行う。これらの結果から漆樹の種の同定を行い、現地での漆樹発見の目安とする。また、他のウルシオールを含むブータン漆器を見つけるため、引き続き古漆器の塗膜の分析も行う。(※新しい漆器には中国産漆が使われている可能性がある)
塗膜分析と修理実験のために日本に持ち込んだ古漆器については、ブータン漆器に発生しがちな損傷への対策や処置について検討する。現地調査は2016年初夏に実施し、2014年度の未調査地区の漆樹ならびに、花あるいは果実を確認できなかった地区の漆樹の調査と現地での漆工品製作技法材料の記録を行う。また、漆セミナーの第二回目を開催し、2014年度の調査研究の報告、破損した漆器の修復や利用方法、国内の漆ならびに植物資源の利用についてなどの講演を行う。目視観察、DNA、成分分析、実用時の特性などの結果が揃い次第、学会および講演会などで成果発表を行う。
2015年8月