成果報告
2014年度
未来志向の関係構築における日中青年交流のあり方
- 東アジア共同体評議会 事務局長
- 菊池 誉名
1.研究の目的
日中関係は、両国合わせたGDPが世界全体の20%を占めるなど、世界の趨勢に多大な影響を及ぼす間柄にあるといえる。こうした中で、日中が様々な分野において未来志向の協力へと進むことは、世界における諸問題解決に多大な貢献をするといっても過言ではない。その中で、重要性を増しているのは、互いの真の姿を知ることであり、そのための人と人との交流、特に次世代を担う青年同士の交流である。
今日、日中間の政治関係は依然として非常に厳しいものがあるが、民間交流、特に青年交流活動の枠組みが、草の根レベル、大学レベルおよび政府レベルで重層的に構築されはじめており、今後の日中青年交流の拡大のための基盤がつくられ始めていると位置づけられる。他方で、こうした重層的な活動が行われていながら、現在のように、政治レベルでの日中関係が厳しい状況になると、民間の交流まで頓挫させられるほどの影響を受けるのはなぜか。一つの理由としては、これまでは、青年交流活動の状況を把握し集約する「プラットフォーム」的な役割を担う機関や基準がないために、類似の活動の重複も起きて、交流活動を活性化させるための効果が分散してしまっていることが関係しているとみられる。そこで本研究は、交流活動の歴史と現状を整理し、それらを取りまとめるプラットフォームの役割を明らかにすることにより、日中間の様々な民間交流活動をより有機的に結びつけることを目的としている。
2.研究で得られた成果、知見
上記の目的を達成するために、本研究で特に重視したのは留学交流の分析である。なぜなら、実際の青年交流活動の多くが留学生を介した交流であり、さらにその影響も大変大きいためである。というのも、現在の留学交流は、国からの押し出し以上に、各個人の意思による留学が活発化し、その実態を国が受けて政策として留学制度を整えるという構図に変化している。そうした個人の意思による留学が活発化していることで、個人同士のレベルによる交流が増大し、これまでになかった草の根レベルの交流活動が活発して信頼醸成ができつつある。つまり、現在の青年交流活動の基礎になっているのは留学交流であり、そのためまずはその実態を明らかにすることで、現在の民間レベルで活発化している日中の青年交流活動の分析を行う必要があるといえる。また、「自らの意志」によって交流や移動をする人々は、体制や文化の違いを越えて近未来に協力・協働することができるアクターになり得る可能性を持っており、留学交流とはまさに、そうした異なる文化をもつコミュニティ間をつなぐ人材を育て、かつそこで行われる交流そのものも、「グローバルな信頼関係」を国レベルだけではなく、民間のレベルで築くうえで重要な機能をもっているということができる。
以上のような観点から、本研究では、まずは世界的な留学生移動を含めた日中間における留学生のモビリティ、次に中国側の日本人留学生の受け入れおよび送り出し、反対に日本側の中国人留学生の受け入れおよび送り出しについて分析を行い、つぎのような知見が得られた。
日中間の留学生のモビリティについて、まず現在世界的に留学生数が増大している。こうした現象は、一般家庭の所得の増大と大学教育の大衆化などによって、学生側からの留学需要と受け入れ大学側からの供給の増大がおこり、さらに各国政府としてもWTOなどによる高等教育サービスの自由化に伴い、経済政策として留学生の獲得が重要になったことなどが影響しているとみられる。また、グローバル化によって、例えば欧州域内での「エラスムス計画」などをはじめとする地域内の留学生移動のプラットフォームの形成も影響しているといえよう。こうした世界的な留学生移動増大の潮流から、現在の日中間の留学生のモビリティをみると、現在日中両国間における留学生の移動は、両国間よりも、それ以外の国、地域への移動の方が大きくなっている。これは、日中両国ともに未だ留学にともなう経済的負担が大きいこと、言語の障壁が大きいこと、などが影響しているものとみられる。ただし、先述の世界的なモビリティの動向からみると、日中間には大学制度が類似していることや、日本においては今後少子高齢化社会などの影響により若年者の流入に寛容ならざるを得ないことなど、長期的な展望にたてばモビリティを拡大させる条件が整っているといえる。
中国側の日本人留学生の受け入れおよび送り出しについては、中国は文革終結後、留学生の受け入れ、送り出しを一貫して重視しており、特に21世紀に入るとより戦略的な展開を図るようになっている。留学生の受け入れについては学歴取得を目的とした留学生を中心に受け入れ増加を図ることをめざし、送り出しでは圧倒的な私費留学生を中心としつつ高学歴の国費留学生の派遣を進めている。その中で日本との留学生交流は、相対的に比率を低下させてきているものの、絶対数が減少しているわけではない。そのため、今後は単に量的な拡大を図るばかりではなく、留学先での学びの質を保証し、留学を含めた相手国のイメージをよいものにすることや、長期のプログラムだけではなく短期交流にも重視して留学の多様化を考慮する必要があるといえる。
日本側の中国人留学生の受け入れおよび送り出しについては、日本は留学生10万人計画と30万人計画として留学生を増やしてきたが、それを支えてきたのは中国からの留学生である。これは、中国からの留学生が、日本との言語的類似性と文化的近似性により、日本の社会と高等教育システムを短期間で理解し、柔軟に適応することが可能であったことが影響しているものとみられる。他方、このことが留学生受け入れによって日本の大学を国際化するという、10万人計画の初期の政策目標が達成されていない原因となっている。というのも、日本側の留学政策は、留学したい外国人がいれば、特別な門(留学生入試)を設け、そこを通して「受入れの可否を判断する」という受動的なものであり、受入れられた学生は、日本の大学の仕組みに順応することが求められ、その前提の下、学位取得に向けて日本人学生とほぼ同様のプロセスを経て、卒業・修了にたどり着く必要がある。これまで、そうしたプロセスに順応出来たのが中国人留学生ばかりで、今日までその状態に依存してしまっているという状況にある。よって今後は、「留学生受入れモデル(受動型)」から「留学生獲得モデル(能動型)」へ移行させる必要性があるということがいえる。
以上のように、日中間においては、様々な課題を抱えながらも、依然として両国に占める相手国との留学交流はその規模においても内容においても重視しなければならないこということがいえるであろう。最後に、上記で述べてきた留学交流の分析をもとに、改めて日中間の青年交流を歴史的に辿るという分析を行ったところ、次のように知見が得られた。日中間の青年交流は、両国間の政治的な情勢に影響を受けながらも、1972年の国交正常化以来、様々な形で展開されてきた。1970年代は日中間の友好姉妹都市締結などが主な事業であったが、1978年度から開始された「日本・中国青年親善交流事業」などでは、青年同士の交流・産業・文化・教育施設訪問等の活動を行うことにより、両国青年の相互の理解と友好の増進を図ることが目指され、さらに1980年代以降は政府主導の交流事業だけでなく、日中学生会議をはじめ、民間の交流活動も活発化しはじめている。そして、民間交流が政府機関による交流に加わり、かつその担い手のひとつに学生ら青年層の交流が加わっている。こうした民間交流、特に青年交流活動の枠組みが、草の根レベル、大学レベルおよび政府レベルで重層的に構築されており、今後の日中間の文化交流拡大のための基盤がつくられているといえる。他方で、現在のように草の根レベルにまで交流が拡大していることで、そうした交流活動を把握し集約する「プラット・フォーム」的な役割がますます重要になっている。その際、日中交流機関や団体の相互の連絡や活動の把握は重要な課題である。数多くある交流事業やそれを管轄する機関のディレクトリを作成し、交流事業のネットワークに資するようにすることは、今後の交流活動をより有機的に結びつけて展開するうえでも必要不可欠であるといえる。
3.今後の課題
本研究によって、交流活動の歴史と現状を整理し、それらを取りまとめるプラットフォームの重要性を明らかにすることは出来たが、今後はさらにそれをどのように構築していくべきなのかなどの研究が求められる。
2015年9月