成果報告
2014年度
東アジアにおける「尊厳」概念史の構築
- 一橋大学大学院社会学研究科 教授
- 加藤 泰史
1.研究目的・進捗状況など
生命倫理学などで論じられている「尊厳」概念に関して、ヨーロッパではストア派・キリスト教以来の概念史がすでに構築されているのに対して、日本を含めた東アジアではそれが不在であり、概念史構築の試みはほとんど行われていない。本研究プロジェクトの目的は、この構築の試みに取り組み、その基盤を確立することである。
別紙に報告した通り、一橋大学とドイツ・デュッセルドルフ大学を会場にして共同研究メンバーを中心に内外の多様な研究領域の研究者を招聘して国際ワークショップ・国内ワークショップ・研究会などを開催して新たな知見の取得・意見交換などを行なった。大学や科研費研究プロジェクトとの共催という形態を取ったが、ほぼ当初の予定通りに遂行できたと言える。
2.これまでに得られた知見・今後の課題など
これまでに得られた知見を簡単に要約すると以下の通りである。
(1)「尊厳」の用例は『荀子』にまで遡ることができるが、必ずしも重要な概念として継承されてきたわけではないこと、(2)したがって「尊厳」以外の用語で「尊厳」の内容を示す用語にも目配りをする必要があり、その候補としては中国思想史では「性(理)」、日本思想史では「尊貴」などが注目されること、(3)近代日本文学では「尊厳」の概念は使われていないものの、森鴎外の『高瀬舟』をはじめとしていくつかの文学作品が現代の「尊厳死」に関わる問題を扱っており、それは「尊厳」に関してむしろ「indignity」というネガティヴな仕方でアプローチしようとした試みと評価できること、(4)現在欧米の仏教研究で仏教における尊厳概念として議論されている内容は疑わしく、仏教では基本的に「尊厳」は語られていないと考えるべきであること、(5)現代のヨーロッパではカントの「尊厳」概念を変換して人間だけではなく動物にまで拡張しようとする試みが展開されているが、そこから「生命の尊厳」などに展開することは困難であること、などである。
明治初期の新聞などにはすでに「尊厳」という用例が確認できるので、明治以前では「尊厳」以外の用語にも着目しつつ、明治以後ではどのような経緯で「dignity」の翻訳語として「尊厳」が定着したのかを総合的に解明する必要があり、これが今後の課題として明らかになった。その意味で次の研究プロジェクトに進む基盤と方向性は定まったので、今回の研究助成には深謝したい。
2015年8月