成果報告
2014年度
放射能汚染に対する不安が心理的健康と発達に及ぼす影響のメカニズムの解明と支援方法の開発
- 名古屋大学大学院教育発達科学研究科 教授
- 氏家 達夫
目的
本研究の目的は次の3つであった。東電福島第一原発の事故による放射能汚染が幼い子どもの心理的健康や発達どのような仕組みで影響を及ぼしているのかを科学的に明らかにする。放射能汚染が幼い子どもの心理的健康や発達に及ぼす影響についてのモデルにもとづいて、被害を最小化するための介入ポイントを明らかにする。チェルノブイリ原発事故後の知見を統合することで、原子力災害による心理的健康被害を予防するための具体的な支援方法を福島モデルとして提案する。
方法
乳幼児(4ヵ月児健診、1歳6ヵ月児健診、3歳児健診の対象者)を持つ母親を対象に、質問紙調査と面接、観察を行って、原発事故や放射能汚染に対する親の不安やそれに伴う親のストレスが、親の子どもに対する保護機能を抑制し、子どもの自己制御機能(Effortful control機能)を損ねるという仮説の検証を試みた。
検証されたモデルにもとづいて、母親をターゲットとした介入ポイントを設定し、4ヵ月児の母親を対象に、実証実験を行う。
チェルノブイリ事故後にウクライナやロシアで起こったことや効果的だっとされる心理社会リハビリテーションセンターについて明らかにするために、「原子力災害の心理的影響を考える国際セミナー-チェルノブイリ事故の教訓を学ぶ」を開催する。
考察 本研究の結果、以下の点が明らかになった。
1.母親を対象とした質問紙調査と面接、観察を行った結果、特に3歳児において、原発事故や放射能汚染に対する親の不安やそれに伴う親のストレスが、親の子どもに対する保護機能を抑制し、子どもの自己制御機能(Effortful control機能)を損ねるというモデルが検証された。また、4ヵ月児でも、原発事故や放射能汚染に対する親の不安やそれに伴う親のストレスが、親の子どもに対する保護機能を抑制することが確かめられた。
2.検証されたモデルと発達科学の知見にもとづいて、子どもの健康に対する放射能の影響への不安やそれに起因する母親のストレスに焦点化するのではなく、母親自身の強さを見つけそれを強めるようなレジリエンスモデルにもとづいた介入の方法が考案された。現在、レジリエンスモデルにもとづいた支援方法の具体化を進めている。
3.国際セミナーでは、個人に焦点化した支援の必要性とともに、放射能の問題に対する地域全体のレジリエンスを高めるための方策が重要であることが明らかになった。
今後の課題 今後、次の2点について研究を進める予定である。
1.福島県の協力を得て、福島県内の2つの地域で、レジリエンスモデルにもとづいた支援を具体化することを予定している。
2.放射能の問題に対する地域全体のレジリエンスを高めるための方策を提案するために、ウクライナを訪問し、心理社会リハビリテーションセンターの活動状況とセンターが地域住民に受け入れられたのかを明らかにするために、利用者への聞き取り調査を実施する予定である。
2015年8月