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研究助成

成果報告

若手研究者のためのチャレンジ研究助成

2013年度

東アジアの都市における路地の役割の研究
― 現代日本と中国における都市生活の在り方 ─

英国立マンチェスター大学 後期博士課程2年
吉井 夕

研究内容
本研究は東アジアの都市(ここでは特に日本を取り扱う)における路地の役割と特質を明らかにすることを目的とする。都市の公共空間における、人々の交流、祭礼、教育、娯楽などの社会的行動(social activities)は人々の生活にとって重要である。都市の構造上、社会的行動は西洋では広場、東アジアでは道、特に(車両の進入を許さない)路地で行われてきた。そのため、路地はきわめて重要な役割を果たして来たものと考えられる。しかし近年、東アジアでは都市開発やグローバル化により街並みが大きく変化しつつある。都市人口の増加に伴い、新しい建築物や自動車専用道路が著しい勢いで建設され、その影で古くから街並を形成して来た生活道路や路地が姿を消し続けている。東アジアでは町並みの文化的価値に対する認識が西洋のそれと比べて浅く、実際にこれらを保全する措置が講じられているのは限られた地区のみである。本研究では、京都市内の事例から、祇園町南側地区とあじき路地をケーススタディとして紹介している。路地を保存するには、制度面とソフト面の両方で対策をたてなければならず、前者は主に制度面、後者はソフト面で保存に取り組んだ、モデルケースであると言える。これらを紹介する事により今後の街づくりや街並み保全のための指針の形成と展開に役立てる事が可能である。


研究の進行状況
助成期間の開始以前に先行研究の調査および、研究計画の作成は終了済みである。2014年の4月から9月上旬にかけて、京都市において現地調査を行った。まず、文献調査を行い、資料となる地図、図面、都市計画図、関連制度等の資料を入手した。さらに、現地のまちづくり機関で聞き取り調査を行い、現在の京都市内の路地の保存状況の詳細を確認した。この上で調査対象を、祇園町南側地区とあじき路地に決定し、同2地区において参与観察(路地での日常生活とその利用を観察する実地研究)を行った。記録は、フィールドノート、音声録音、図面(平面図、断面図、アクソノメトリック図、概念図等)、写真を用いて行い、記述のみでは表現しきれない情報や視覚的なデータも記録した。加えて路地の保存と利用について聞き取り調査を行った。路地の利用については主に、地域住民、商店や飲食店の所有者などを中心に、日頃の路地の利用、近隣住民とのコミュニケーションに与える影響、近年における変化、あふれだし(路地に植物や私物などを配置する行為)などについて聞き取りを行った。路地の保存に関しては、京都市職員、まちづくり団体、建築士、対象地域においてまちづくり活動をしている住民団体とその顧問などを対象に聞き取りを行い、法制度に関する問題点と対策、それらの実施における問題点と対策、制度の適用後、建築行為を行う上での注意点等についての情報を収集した。2014年12月から2015年1月にかけて、追加の聞き取り調査と測量を行った。聞き取り調査の合計は29人となった。現地調査の終了後は、聞き取り調査の結果を、類型別に分けて内容を分析した。助成期間中に行った学会発表では、主に路地の保存における制度面の対策について発表し、建築、都市計画それぞれの分野の専門家から、建設的なフィードバックを得る事が出来た。研究で得られた知見参与観察および聞き取り調査において得られた結果によると、現存する路地の利用は、その周辺に住み、営業する人の入れ替わりにより、常に変化している事がわかった。例えば少子化により、子供の遊び場としての機能は果たされなくなってきている。しかし、車両の通らない小さな空間で、今もなお独自のコミュニティーが根付いているのは確かである。1950年の建築基準法の改正により道路の最小幅員が4mになってからは、制度面での対策が必要となり、祇園町南側地区では3項道路指定(2.7mの幅員を許可する制度)によりこの問題を解決している。その実現には住民グループ(祇園町南側地区まちづくり協議会)と市側の詳細なやり取りが不可欠であった。制度の適用には全住民の合意が必要となり合意形成に大変な時間と労力が費やされた。制度適用の実現は、住民グループのまちづくりへの積極的な参加によるものが大きい。京都市内では空き家問題が深刻化しており、これに伴う家屋の劣化も著しい。あじき路地では若手のデザイナーや職人が路地沿いの町家を利用することによって、この問題を解決している。同じ場所で住み働く生活スタイルが若手のデザイナーや職人に合っていた事が、この路地の活性化の大きな要因である。以上のことから、路地の役割は変容しているもののこれらを保存しようという動きがあるのも事実で、そのためには制度面とソフト面両方の対策が不可欠であると言える。


今後の課題
1950年に建築基準法が改正されてから既に60年以上時が経っており、路地沿いに多数現存する町家等の劣化は進む一方である。現在の法制度下では、路地の保存対策の選択肢は限られたものとなってしまう。本研究では2つのケーススタディーをモデルケースとして紹介したが、これらを実現するには数々の問題を乗り越えて行く必要がある。これらを詳細に論述し、論文の投稿等で研究成果を発表していく事が今後の課題である。


2015年5月

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