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研究助成

成果報告

若手研究者のためのチャレンジ研究助成

2013年度

西洋型「認知動員」モデルの批判的検討:なぜ日本では高い学歴が政治参加・投票行動を促してこなかったのか

オックスフォード大学社会学科 後期博士課程2年
山本 貴之

1.研究の動機・意義・目的
 本研究の目的は、日本の政治参加・投票行動研究で今まであまり重視されてこなかった教育達成(=学歴)という要素に着目し、戦後日本社会において人々がどの程度の政治リテラシーを有してきたのか、そしてそれがどのように人々の政治的意思決定に影響を及ぼしたのかを実証的に明らかにすることにある。海外における1950年代からの膨大な研究蓄積は、教育達成と政治参加・政治意識との間の正の相関関係を実証してきており、この関係性は一般化された事実として定着している。しかしながら、日本でこの関係性がみられるようになったのは90年代以降である。果たして、90年代以前における教育と政治の関係性の不在のなか、人々は政治リテラシーをどう形成していたのだろうか。そして、その関係性の出現は、日本社会における政治のあり方をどのように変えてきたのだろうか。
 本研究は、欧米の先行研究に基づく「認知動員(cognitive mobilisation)モデル」を分析枠組みとして用いる。認知動員とは、教育機会の拡大と政治的関心の広がりによって、人々が各々の認知能力をもって政治に関する情報を収集・理解し、政治へと動員される現象を指す。もしこのモデルが日本でも妥当性を有するならば、教育と政治の繋がりが現れ始めた90年代以降、高い学歴を有する人々はその認知能力を活かしながら政治に参画してきたはずである。言い換えると、旧来の利益誘導型政治から、マニフェストや争点(イシュー)を理解し、政権や政治家の業績を評価する政治への転換が有権者によってもたらされたはずである。
 しかしながら、日本の政治学では教育達成に主眼を置いた研究が非常に限られている(たとえば、蒲島1988、境家2013)ことから、日本の有権者がマニフェストや争点を理解できているのか、業績を評価するだけの政治リテラシーをそもそも有しているのか、という根本的な問いが提起されてこなかった。更にいえば、そのような政治的リテラシーが種々の社会変動(教育機会の拡大や、産業構造の変化など)とどのように連関し、政治的帰結(たとえば2009年の政権交代)をもたらすのか、という社会学的視点からの研究もなされてこなかった。本研究は、日本の有権者がどの程度の政治リテラシーを培ってきたのか、そしてその政治リテラシーは人々の政治参加・政治意識にどのように働きかけてきたのかを描き出し、戦後日本社会論として提出するという学術的・社会的意義を併せ持っている。


2.研究成果
分析①:日本の有権者はどの程度の政治リテラシーを有しているのか
 Japanese Election Study-Iデータ(1983年)とJES-IVデータ(2007年)の比較によれば、この間の大卒学歴保有者は18.0%から39.3%へと大幅に増加した。しかしながら、5つの主要政党それぞれの絶対的・相対的なイデオロギー位置(左/右、革新/保守)を答える設問にて、全問正解だった割合は25.4%から5.9%と大幅に減少した。1980年代初頭から2000年代後半にかけて、政党間のイデオロギー的な差異が薄れてきたこともあり、教育拡大が政治的知識の向上をもたらしたわけではなかった。
分析②:政治リテラシーはどのような政治的帰結をもたらしたか
 1960年代から2000年代前半にかけては、大卒学歴を有する人々ほど一貫して野党(主に旧社会党と民主党)に投票する傾向にあった。この間の全人口における大卒学歴保有者の構成は、データに基づくと14.9〜35.5%であり、その影響は次第に大きくなっていった。興味深いことには、主観的に政治リテラシーが無い(「政治は複雑すぎてよくわからない」)と答えている人々ほど、政局が大きく動いた際の原動力となっていたことが明らかになった。具体的には、1993年における新進党の躍進と、2009年の民主党による政権交代は、このような人々の投票行動によってもたらされた。


3.今後の見通し
 戦後日本社会における政治リテラシーは、野党への一貫した投票を支え、自民党長期政権を牽制する基盤であった。同時にそれは、「政治がよくわからない」人々の受け皿となり、政治状況を不安定化(volatilise)・流動化(fluidise)させるきっかけであったともいえる。今後は上述の分析をもとに、日本社会に特有の「認知動員モデル」とは何か、そしてそれは‘electoral volatility/fluidity’を共通の課題とする他の先進諸国における認知動員とどの部分で共通し、どの部分で異なるのかを比較社会論として描きたい。


2015年5月

サントリー文化財団