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研究助成

成果報告

若手研究者のためのチャレンジ研究助成

2013年度

中国対外政策における国家の自律性
― 国内経済・社会的問題と企業の影響力 ─

慶應義塾大学政策メディア研究科 後期博士課程3年
Macikenaite Vida

本研究は、中国政府が国内の社会・経済上の問題を解決するためにつくりあげた国家・企業関係に注目した。そして本研究の目的は、国家・企業間関係の変化を分析し、1990年代前半から現在までの間の、中国の対外政策における国家の自律性を考察することであった。国家の自律性とは、政府が外部からの圧力に影響を受けることなく政策を決定し、それを実行する能力のことをいう。中国国内における社会・経済問題(以下:国内問題)とは、経済発展の成否あるいは速度という問題だけでなく、国民の福利に直接影響する問題である。またそれは、資源安全保障を含む経済発展政策だけでなく、環境問題や食糧安全保障にも影響する。さらに中国政府は、この問題を対外政策に関係する問題としても位置付ける。中国政府にとって、こうした国内問題を解決するために、政策の遂行に協力する企業の存在は極めて重要である。
本研究は中国政府が国内問題を解決するためにつくりあげた国家・企業関係の変化を明らかにするためには、中国の党・国家が企業と分離(国有企業改革)することに伴い、党・国家と企業との間におけるインフォーマル・ネットワークをどのようにつくりあげたのか分析した。インフォーマル・ネットワークとは、経営者が企業と党・国家組織との間を転職した結果、つくりあげられる党・国家と企業との間の繋がりである。本研究において、インフォーマル・ネットワークの分析は筆者が作成した4つのデータセットに基づいている。データセットは、1992年、2000年、2005年、そして、2010年の4つの時点で企業に勤めていた経営者の経歴に関するものである(総計376役職)。社会的ネットワーク分析(「サイトスケープ」ソフトウェア利用)を利用し、異なる時点で、非常に限定的な数の企業が、地方政府とその企業の産業分野以外に関する中央政府の組織と深い繋がりがあることを明らかにした。また一部の企業は、政策過程に関してより密接な繋がりをもっていることを示した。
以上のようなインフォーマル・ネットワークの様相を説明するため、本研究は、新制度論の視点を用い、以下の問いを設定した。第一に、インフォーマル・ネットワークがどのように作り上げられてきたのか、第二にネットワークの構築を促進したのはどのアクターか、もしくは何かという問いである。本研究は、党・国家と企業との間において独特な様相のインフォーマル・ネットワークが、党・国家と企業との間に意図なく作り上げられたと主張する。インフォーマル・ネットワークとは、党・国家が、国内問題に適応するために実施した複数の制度とそれに関する改革、そしてその制度を調整した結果作り上げられたものである。以上のような研究成果によって、1990年代前半から現在までの間の、中国の対外政策における国家の自律性を考察することができた。実用的な知識と経営経験を利益的であると判断した党・国家が、限られた企業に対して、政策過程への関与を許可した。その結果、限定的な数の企業の影響力が高まり、政策決定過程に影響を与える力が高くなったと考える。この論点を証明するために、本研究は、事例研究も行った。対外政策と企業の利益が一致しない場合、最終的な政策とその実行はどうなるのかを明らかにするため、統計分析を利用し、政策の一つとして定義された対外投資の目的と実際に企業が行なう対外直接投資を比較した。その結果、国家の組織とより深い繋がりがある企業は、対外投資政策の目的と一致せず、対外直接投資を実施することができると明らかにした。本研究は、近年、中国研究の主流な分析枠組みである中国共産党の適応論の限界を明らかにしている。中国共産党の適応論は、中国共産党が新しい制度を作る、もしくは改正することによって体制を維持したと説明した。そしてこの論点は、制度が今後どのように作用するかという点を中国共産党が予知し管理することができる、と示唆する。本研究はこの適応論に挑戦している。中国共産党の適応論は短期的には正しい。しかしながら、本研究は、長期に渡り複数の制度を調整したことで得られた結果は予測できないものとなる可能性もあると指摘している。本研究は、複数の制度を調整したことによって、意図なくつくり上げられた党・国家と企業との間の関係は、国家の自律性を制限する可能性があると主張する。さらに、本研究は、党・国家と企業との間におけるインフォーマル・ネットワークの全体的な様相を明らかにすることによって、体制の安定に対する長期的な課題を把握することができた。体制は適応するにも関わらず、本研究が明らかにしたネットワークの様相は、党・国家が必要とする政策を実行するための国家の自律性を制限する可能性があり、つまりそれは体制の安定を脆弱にすると考える。


2015年5月

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