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研究助成

成果報告

若手研究者のためのチャレンジ研究助成

2013年度

アメリカ「再建」
― 20世紀前半の米国の社会・教育思想にみる米国の自国観と戦後構想に関する 一 考察 ─

コロンビア大学大学院歴史学部 後期博士課程2年
服部 雅子

本研究は、20世紀前半に米国が二度の世界大戦を通じて世界大国となっていく過程で、世界を改革しようとする米国の志向がどのように醸成されていったかを明らかにしようとする試みである。具体的には、米国社会の抜本的改革を目指す「社会再建(social reconstruction)」思想と、第一次大戦後のヨーロッパ復興援助の経験に着想を得た米国外の「戦後再建(postwar reconstruction)」という二つの「再建」思想が、1920年代から1940年代にかけてどう交錯したかにまず焦点を当てた。そして、両「再建」思想の主たる担い手であった教育指導層の言動を中心に、(1)元来建造物等の物理的建て直しを意味していた「戦後再建」をめぐる言説に、戦時から平和への移行期は米国外の社会改革の契機であるとする発想が付与され、(2)それと同時に、米国内の改革に関して「再建」という言葉が用いられなくなっていく、という二つの過程を検証することから作業を開始した。助成期間後半にはこの課題へのアプローチを発展させ、大恐慌期から第二次大戦期にかけての教育指導層の政治活動を分析し、それを通じて彼らの戦争観と改革思想がどのような変遷を辿ったかを考察した。その成果の一部を2015年3月にボストン大学のアメリカ政治史研究所(American Political History Institute)における第7回大学院生アメリカ政治史会議(Seventh Annual Graduate Student American Political History Conference)で発表し、最優秀賞を授与されたことをまず報告したい。これは、本研究助成がなければ達成し得なかった成果である。一年間研究に没頭する貴重な機会を与えて頂いたことを、深く感謝申し上げたい。具体的な作業としては、本研究助成期間中、バーナードカレッジ、コロンビア大学、ジョージ・ワシントン大学、スワスモアカレッジ、プリンストン大学、スタンフォード大学の各大学史料室および、米国国立公文書館とニューヨーク公共図書館にて史料調査を行った。スタンフォード大では、本研究助成の受給者の一人と互いの研究について刺激的な意見交換の機会も得、彼の紹介で同大学所属の著名な教育史家に個人面談していただくこともできた。本研究助成の中間報告会で他の受給者と交流する機会を賜わったおかげである。本研究の成果の一部は、前述の院生会議で発表したほか、2014年7月に英国で開催された国際教育史学会(International Standing Conference for the History of Education)でも報告した。さらに、本研究の成果を元に、2016年1月開催予定の米国歴史家協会(American Historical Association)年次大会および、同4月の米国史協会(Organization of American Historians)年次大会に提出したプロポーザルの採択も決定している。
本研究でこれまでに得られた知見は以下の三点にまとめられる。第一に、従来の研究では、教育界は第二次大戦期の市民動員政策の受け手とみなされてきた。しかし、大恐慌期から第二次大戦期の教育指導層の政治活動と改革思想との関連を分析したところ、彼らが連邦教育予算獲得に向けて大恐慌期に行った政治活動が、戦時の市民動員政策の言説を規定したことが明らかとなった。大恐慌による打撃に苦しむ教育界救出のため、彼らは、米国の民主主義社会を経済危機と全体主義の台頭から守るために教育改革は不可欠であると、米国政府と世論に訴えたのである。その一例として、先述の院生会議で発表した論考は、米国の教育の在り方をめぐる大恐慌期の議論のうち、その高い失業率のために当時社会問題化していた米国の青年層をめぐる言説に焦点を当てた。そして、従来は大恐慌史ではなく第二次大戦史の文脈でとらえられていた1940年選抜徴兵及び軍事訓練法に纏わる米国社会の論争が、大恐慌期に教育指導層が普及に努めた「改革の対象としての青年」像に規定されていたことを立証した。第二に、従来の米国における第二次大戦史が、1941年の真珠湾攻撃から1945年の終戦までという限定的な時代区分を採用してきたのに対し、本研究は、大恐慌期から第二次大戦期への連続性という新しい視座を開拓した。第三に、本研究は、「社会再建」思想のような国内の教育改革に関する思想を、国外の政治動向と関連させて捉えていた両大戦間期の教育指導層が、第二次大戦期にその比較を行わなくなる過程を明らかにした。これは、世界が第二次大戦で疲弊する中で米国が大国として立ち現われたことが、いかに米国と世界との関係性の再構築を当時の米国人に迫ったかを示す知見である。以上の研究成果をもとに本研究をまとめ、博士論文としてコロンビア大学大学院に提出する予定である。米国では、「小さな政府」への信念が根強く、とりわけ教育分野への連邦政府の関与に反発が強い。そうした政治・社会的背景の中、改革を志向する教育者が、多数の犠牲者を伴う戦争を国内外の改革の契機と捉えたことの意味、そしてそれが米国の国際認識の変遷とどう関連してきたかを、今後も研究していきたい。


2015年5月

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