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研究助成

成果報告

人文科学、社会科学に関する学際的グループ研究助成

2013年度

宮永東山窯調査を基盤とする近代京焼の歴史的変遷と窯業技術の解明、および新たなる技術継承のためのデータベース制作の研究

京都市立芸術大学美術学部 准教授
森野 彰人

<研究の特徴と目的>

 調査対象である宮永東山窯は、明治42年に開窯し、昭和40年代まで活動してきた京都を代表する 工房である。西洋の美術概念が受容され工芸概念が創出された近代において、陶芸史では、「作家」「作品」の調査研究は盛んに行われてきたが、集団的に分業制作された工房製品の調査研究が漏れ落ちていた。宮永東山窯の資料は「作家」として発表した「作品」に加え、工房で制作された「製品」「図案」「石膏型」が網羅的に保存されており、京都の陶芸を明治から昭和まで通観出来る貴重な調査対象である。特に、初代宮永東山は明治33年パリ万博に政府役人として参加し、日本の陶磁器業界が受けた辛酸を胸に帰国した。翌年から京都の「錦光山」において粟田焼の意匠改良の重役を担い、西洋美術概念の受容による京都の陶芸を近代化に導いた人物である。本研究は2009年から宮永東山家所蔵の明治末〜昭和40年代までの図案、工房作品および石膏型の悉皆調査を基盤とし、2011年サントリー研究助成であった「工房作品と成形型の調査に基づく、近代京都陶芸の窯業基盤の研究」の成果である調査結果を「失われゆく技術」「失われてゆく言葉」「失われてゆく制度」の3つの観点からとりまとめデータベースにする事を目的とした。

 「失われゆく技術」として現在では失われつつある轆轤師・絵付師・窯焚師らの職人たちが継承してきた京焼の高度な陶磁器製作技術、釉薬や胎土・絵具などの素材、陶磁器意匠を取り上げ、「失われゆく制度」として職人制度の中で行われてきた継承を、技術や専門用語などの解明を行うことにより明らかにしてゆく。「失われゆく言葉」として職人制度の中で使われていた専門用語などのデータを収集する事に加え、調査で明らかとなった、宮永窯の器種呼称にも着目し、器種分類を分類項目に加えることとした。宮永窯では「猪口」を「中猪口」「小猪口」と区別しており、「小付」と「珍味入」を区別している。「中猪口」「小猪口」は「酒杯」としてのほか「珍味入」としての用途を持ち「小付」も「珍味入」としての用途を持つものである。宮永窯ではこれらを細かく分類しており、その分類基準などの聞き取り調査なども行った。

 これら「失われゆく技術」「失われゆく言葉」「失われゆく制度」を含んだデジタルデータベースは既存のアナログ陶磁器データベースにはない汎用性を持っており、クラウド上に構築される「デジタルデータベース」の可能性を示すものである。「デジタルデータベース」が可能とする新たなる継承の形は産業・教育面で有効利用できる他、これからの陶磁史研究におけるデータベースの新機軸となるものである。


<本研究の成果>

 陶磁器制作において、文様や形態は技術との関係性が非常に強いものである。しかし、これまでの陶磁器データ・ベースには技術項目はなく、文様や形態を研究を行う時には、名称に含まれるモチーフや釉薬で検索を行う方法しかなく便宜性を欠いていた。例えば「牡丹」をモチーフとして扱う場合、装飾技法が「染付け」で行うか「陰刻」で行うか、「貼付」で行うかの装飾技術によってモチーフをどのように簡略化し装飾として施すかは異なるものである。このデータベースでは、それぞれの装飾技法に違いを容易に比較検討でき、その特徴を認識できる。この事から、文様、形態と技術、道具の関係性が明らかとなり、そこに介在する職人の技術や道具との関係も読み解くことも可能となる。現在では容易に再現できない、優れた職人が制作した京焼の実態認識は、現代の「作家」「作品」とは異なるものの、「やきもの」の本質的な成立の構造として重要である事が認識できる。「器種分類」も「小付」「小猪口」「中猪口」「珍味入」などの詳細な検索が可能となり、単に陶磁器製品の呼称よる分類検索の便宜性だけではなく、呼称から製品の流通などとの関係も読み取れ、京焼の歴史的変遷解明に有用な資料となる。本研究成果である「技術分類」及び「器種分類」は「技術」「道具」「意匠」「制度」「歴史」「言葉」などのダイアグラム的つながりを可能にし、産業、教育の現場において意匠、技術の継承のみならず、「やきもの」の本質的な成り立ち方や制度の研究においても非常に有効に働くと考えられる。


<今後の課題と展望>

 今回の助成金を得られた事により、これまでにない「陶磁器デジタルデータベース」の一つの形がしめせた。今回の調査対象は様々な資料が網羅的に保存されおり、今回の研究成果である「デジタルデータベース」はこれからの「やきもの」研究において非常に重要な役割を果たすものである。

 今後、このデータベースをより有用なものにするには、調査と同時平行で行った3代東山の聞き取り調査を、文字に起こしメタデータとして加えて行く作業が必要である。しかし、この作業は膨大な人と時間を要する作業である。また、未だ石膏型の整理ができていない事も残された課題である。このデータベースを更に有用に「京焼」の技術、意匠、制度、歴史、の継承に役立てる為には、他の窯元の調査を行い、デジタルデータベース化し「宮永東山窯デジタルデータベース」と関連づけをする必要がある。同時に「デジタルデータベース」の課題も残された。デジタルデータベースは黎明期であり、現時点ではアナログデータベースをデジタル化しただけのものがほとんどである。しかし、クラウド上に構築されるデジタルデータベースはメタデータを構築する事によりダイアグラム的に様々な事と関連性を持たせる事が可能である。今回の研究でデジタルデータベース構築とその汎用性も熟考する機会となった事は大きく、「デジタルデータベース」がこれからの陶磁器研究を大きく推進する事を可能にするとの見解を得られた事は大きな展望である。



2014年12月

サントリー文化財団