成果報告
2013年度
日本・中国・韓国企業における製品開発の組織能力構築に関するミクロ・レベル国際比較
- 一橋大学経済研究所 教授
- 都留 康
研究概要
本研究の目的は,アジアのみならず世界市場で熾烈に競争し合う日本・中国・韓国の情報通信技術関連企業において,製品開発に関する組織能力が人材面・組織プロセス面でどのように構築されているのかを明らかにすることにある.エンジニア個人に対する聞き取り調査ならびにアンケート調査の結果,以下のことが判明した.
1.業務用情報システム日中韓3社の聞き取り調査の結果より
(1)まず3社の開発体制に相違がある.日本企業では,システム全体の開発は1つの事業部が責任をもって進めているが,一部の業務は関連会社や協力会社に委託している.これに対して,韓国企業は,システム全体の開発は一事業部に任せていくつかのサブシステムの開発は協力会社に依頼していると同時に,他方では協力会社の担当メンバーも含み,開発に関わるメンバー全員は同じ空間に集まり,共同で開発を進めている.他方,中国企業では,全ての開発が1つの事業部内で完結している.
(2)次に3社の開発組織のリーダーの地位,責任と権限に違いがある.日本企業では,開発リーダーは多くの場合は管理職ではなく,その主な仕事は開発案件の調整,人員計画,工数調整,社内の関係者との調整などであり,またその権限も比較的小さい.しかし中国と韓国の企業では,通常部長クラスの管理職が開発リーダーを担当し,開発の予算管理,進捗管理,人員の配置,顧客との折衝などの責任を負う.さらに中国企業では,開発組織の人員の選抜の権限も持っている.
(3)以上の結果から,日中韓3社では,異なる仕方で組織能力が構築されていることがうかがえた.通説的理解で日本企業の特徴とみなされる「垂直統合的」な内部開発や権限の強いリーダーの存在は,むしろ中国・韓国企業の特徴として現れた.けれども,こうした業務用情報システム3社の事例だけでは,その一般性は確認できない.そこで,われわれは,情報通信産業のみならず製造業で製品開発業務に携わるエンジニアも含めた個人アンケート調査を実施し,結論の一般性を確認することとした.その際,先行研究を参照しつつ,組織能力の中核を問題解決活動として特定化して,アンケート調査を実施した.
2.日中韓3か国エンジニア個人アンケート調査の結果より
(1)具体的に発生した「問題」を担当業務内と担当業務外に分けて捉えると以下のようになる.まず,担当業務内では,日本と中国では「不具合」が多く,韓国では「仕様変更」が多かった.メンバーとリーダーでは直面する問題が異なり,韓国ではリーダーが「予算不足」「人員不足」と答える割合が高かった.また,「問題解決方法」としては,問題解決がなされる組織レベルに対応して,日本や韓国では開発現場に委ねられるときにはエンジニア個人が主に対応し,リーダーなどのより上位の組織が関与するときは,上司との打合せ時間が増えるという関係にあった.なお,中国では,全体的に上位組織での問題解決が多かった.次に,担当業務外では,日本のメンバー・リーダーは「不具合」,中国のメンバー・リーダーと韓国のメンバーは「仕様変更」,韓国のリーダーは「不具合」を挙げた回答者が最も多かった.また,担当外問題解決に関与するかどうか,関与するとすれば自発的かどうかを示す「能動性」指標を採ると,最も能動性が高かったのは日本であった.
(2)本研究ではエンジニア個人のレベルの成果として,①担当業務の納期の短さ・正確さ,②開発コスト,③製品品質の3つの側面について尋ねた.開発組織レベルの成果については,以上の3指標に加えて,個人レベルには当てはまりにくい,④総合的な商品力と顧客満足度についても尋ねた.そして,いかなる問題解決行動が,製品の開発パフォーマンスを向上させうるかに関して定量的分析を行った.その結果,担当内問題解決の組織レベルはいずれの国のいずれの開発成果にとっても有意な影響をもたない.これに対し,担当外問題に対する能動性は,すべての国において開発組織レベルの開発成果に正で有意な影響をもつことが判明した.
以上の調査結果から,2つの示唆が得られた.第1に,中国や韓国でみられた権限の強いリーダーの存在は,問題解決を現場レベルから引き離す集権化の別様の表現であるかもしれないこと,第2に,担当外問題解決への積極的関与(能動性)が組織の開発成果を高めることは,日本で顕著であるが中国・韓国でも共通であること,である.
2014年12月