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研究助成

成果報告

人文科学、社会科学に関する学際的グループ研究助成

2013年度

日本における回教(イスラム)政策と回教徒(イスラム教徒)受容の源流

早稲田大学人間科学学術院 教授
店田 廣文

 本研究は、早稲田大学アジア・ムスリム研究所を研究組織の母体としつつ、学外また国外の研究者との共同研究により、日本におけるイスラムの歴史と展開という、今日の多文化社会の理解にとっても重要な意義を持つ研究課題に取り組むものであった。

 当初の計画では戦前から現代に至るまでの幅広い年代を扱うことを構想していたが、限られた研究期間においてすべての時代の分析を終えることはできなかった。しかしながら、多くの研究者の協力を得て、およそ以下のような知見が得られたと言えよう。以下、時系列に沿って簡述する。
1.日本政府のイスラム世界への関心は明治初期にまでさかのぼり、とくに対ロシア戦線をにらみ、中国西北のイスラム教徒の動向に注目していた(参考文献の野田2014を参照(以下、同様))。
2.その後、アブデュルレシト・イブラヒムの来日を契機として、イスラム諸国との連携が具体的に構想されるようになり、その代表例を陸軍における有力者の宇都宮太郎の意見書に見出すことができる(エセンベル2014を参照)。
3.研究メンバーである店田・三沢・デュンダル・野田らが実行委員を務め開催した国際シンポジウム「アブデュルレシト・イブラヒムとその時代」では、日本のイスラムの歴史と、トルコを含む海外とのつながりが改めて明らかになり、これは本研究の最大の成果と言える。その鍵となっていたのは、シンポジウムのテーマでもあるタタール人イブラヒムの事績であった。本シンポジウムは、彼のロシア・トルコ・日本を含む東アジアでの活動に焦点を当てながら、さらに彼の活動に関連付けられる日本におけるイスラム教徒コミュニティ形成(とくに神戸モスクを中心とするもの)、日本におけるタタール移民、満洲におけるトルコ系移民の役割、日本の回民工作とトゥラン主義の交わりなどの個別の主題を論じるものであった。なお開催のためロシア連邦タタールスタン共和国から研究者を招へいし、Larisa Usmanova、Asiya Rakhimovaの両氏(ロシア国立カザン大学)に関連する研究報告を依頼した。

 まとめると、第二次世界大戦終戦時までの状況は、①日本側(政府・陸軍等)の政治的意図、②イスラム諸国側の意図(とくにトルコ)③日本と対峙する中国・ソ連④ その間で移動を余儀なくされたタタール系移民などの多様な国・集団の思惑が重なっており、こうした国際関係を明確に整理した上で、少数ではあったが国内・満洲等で役割を持っていた日本人イスラム教徒の活動を位置づけなければならないことが改めて示された。そのためには、日本国内だけで研究を進めることには限界があり、引き続き海外の研究者と共同で研究を行っていく必要がある。
4.上で示した日本人イスラム教徒の戦前における役割は、アジア・ムスリム研究所の研究協力者でもある澤井充生氏が回教工作との関わりを近年明らかにしつつある(澤井充生2013「日本の回教工作と民族調査」『人文学報』468号など)。そこに小村による考察を加えると、戦前の日本人ムスリムが、戦後のイスラム教徒コミュニティ再結成にあたり多様な役割を担っていたことが明らかになる。個人情報の問題もあり、戦後ムスリムのコミュニティおよびそれらが発行するメディアの分析は不明な部分が多かったが、定期刊行物に光を当て、彼らの目指す所、周囲との関係などが見えてきたことは重要な成果と言えるだろう(小村2014を参照)。

 以上、本研究が明らかにしたことを簡単に整理した。当初掲げた目的の内、「日本(人)のイスラム観」については資料が膨大にわたることもありこれらを整理した上で議論することは十分にできていない。ただし、本研究が目指している、歴史学のみならず人類学、社会学、政治学等の多様な分野の研究者が共同で研究にあたり、さらに海外研究者とも連携するという方法による成果は示すことができたのではないかと考える。課題として、本研究を遂行する上で、資料の収集と整理が実は研究史上も進んでいなかったことが示され、国内・国外の関連文献を整理するという基礎的な作業に一度戻ることが必要になると痛感した次第である。若い世代の研究者もこの問題に関心を持ち始めているので、今後新たに研究グループを組織し直し、本研究のテーマについても研究を継続していきたい。


参考文献

・早稲田大学アジア・ムスリム研究所リサーチペーパー・シリーズ第1巻(2014年1月)
①セルチュク・エセンベル「宇都宮太郎日記に見るオスマン・トルコとイスラム主義」
②沼田彩誉子「タタール語週刊新聞『ミッリー・バイラク』と所蔵状況―島根県立大学「服部四郎ウラル・アルタイ文庫」調査報告―」
③小村明子「『アッサラーム』誌解題―あるイスラーム誌を通してみた戦後日本のイスラーム史―」
・野田仁「日本から中央アジアへのまなざし―近代新疆と日露関係―」『イスラーム地域研究ジャーナル』第6号、2014年3月



2014年12月

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