成果報告
2013年度
「アラブの春」後のジェンダーに関する国際的学際的研究
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エジプト、サウディアラビア、チュニジア、バハレーンを中心として ―
- 高知短期大学社会科学科 教授
- 桑原 尚子
研究概要
「アラブの春」の抗議行動における女性の役割は注目に値するものであった。権威主義政権及び家父長制社会という二重の障壁を超えて女性が抗議行動を実践したことは、イエメンの活動家のノーベル平和賞受賞に象徴されるように国際社会において評価されている。他方でエジプト、チュニジアなどでみられるようにアラブにおける「民主化」運動は、女性に厳格な行為規範を課す宗教的保守勢力に権力を掌握させる結果となった。もっとも、エジプトでの政変が象徴するようにその後の「民主化」過程は紆余曲折を辿っており、ジェンダー関係変容を把握するには若干の時間を要する。いずれにせよ、「アラブの春」後は以前にも増して、イスラーム法と女性の権利やジェンダーに関する問題が国内政治における重要な争点となっていることに変わりはない。本研究の目的は、「アラブの春」後のジェンダー関係の変容について、現地の文脈で、とくに政治と法に着目しながら多角的に明らかにし、その成果を国際的に発信することにあった。
本研究を進める中で論点として、①宗教的保守勢力とリベラル派・世俗派との対立構造にみるジェンダー関係、②とりわけマイノリティ、女性の権利の観点から民主主義と立憲主義を再考する必要性、③「政治の司法化(judicialization of politics)」現象、④法制度レベルでのジェンダーに関する権利義務関係が極めて政治的な問題を孕むこと、⑤「アラブの春」後の女性に対する暴力の可視化、⑥ジェンダー秩序の変革、が挙げられた。これら論点のうち、論点③④に関して研究成果〔1〕〔2〕、上記論点⑤⑥に関しては研究成果〔3〕〔4〕〔5〕を公表した。
本研究の目的の一つである成果を国際的に発信することについては、国際ワークショップ’”Arab Spring” and Gender(平成27年2月18日、於東京大学駒場キャンパス)を開催してその成果を報告書にまとめ、また、欧米及び中東の中東におけるジェンダー研究者やエジプト憲法起草者等が集った国際会議‘Arab Countries in Transition: Gender Rights and Constitutional Reforms’(平成27年6月23日〜25日、於レバノン国ベイルート市アメリカン大学等)で報告し、さらには中東諸国における現地調査・意見交換を通して国際的に発信するネットワークを構築するなど、積極的に行った。
今後の課題としては、本研究期間中に新たに構築した国際的な研究者ネットワークも活用した国境を越えた共同研究を通じて、上記論点をさらに比較検討して掘り下げ、現地の文脈でジェンダー関係再編を読み解く分析概念を探りたい。
●研究成果
〔1〕 Naoko Kuwahara, Women’s Rights and Gender Relations in the Constitution Making Process in Egypt after “Arab Spring”, in Workshop Proceedings: ‘Arab Spring’ and Gender-Contestation of Masculinity/Feminity, and Negotiation of Power and Prospect of Legal Reforms (以下、Workshop Proceedingsと称す)
〔2〕 Naoko Kuwahara, ‘Negotiating Gender Rights and Relations in the Constitution-making Process in Egypt: Towards a “Thick” Constitutional Guarantee for Women’s Rights’, al-raida, The Institute for Women’s Studies in the Arab World of Lebanese American University(刊行予定)
〔3〕 辻上奈美江『イスラーム世界のジェンダー秩序:「アラブの春」以降の女性たちの闘い』明石書店、20014年
〔4〕 辻上奈美江「『アラブの春』を契機に拡大した女性の公的領域と日常化する暴力」SYNDOS(2014年4月23日)
〔5〕 NamieTsujigami, ‘Saudi Women’s Negotiation of Power and Space through Driving Campaigns’ in Workshop Proceedings
2014年12月