成果報告
2012年度
選挙はいかにして独裁者に資する制度となるのか?
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権威主義体制の選挙の理論とその実証研究
- ミシガン州立大学政治学部 博士課程
- 東島 雅昌
[研究概要]
冷戦終結後、非民主制(以下、権威主義体制・独裁制は同義)でも選挙を積極的に実施する国々が増えている。そうした独裁制下の国々の選挙とは、いかなる機能をもつのか。どのような条件のもとで、選挙は独裁者の統治を安定させる政治制度として働くのか。そしてそのような選挙が、逆に独裁体制を揺るがす可能性はないのか。これら独裁制の選挙についての重要な問いは、現代政治学の選挙研究が民主主義国の選挙に焦点を当ててきたため、ほとんど取り上げられてこなかった。これらの問いを解明する独自の理論を示し、国際比較の計量分析と中央アジア諸国の現地調査に基づく詳細な事例研究により体系的実証分析を提示するのが、本研究の目的である。
独裁者によって操作された選挙は独裁者の圧倒的勝利を可能にするが、そもそも敗北する可能性のない選挙結果は、独裁体制の真の能力を独裁者が確認し、またその正統性を宣伝する装置として十分に機能し得ない。ここに、独裁者の直面するジレンマがある。この「選挙のジレンマ」を分析の中心に据えることで、独裁者がいつ選挙不正や選挙制度改変に手を染めることになるのか理解することが可能になる。また、経済分配や指導者交代、抗議運動など選挙のもたらす政治経済的帰結も説明できるようになる。
サントリー財団の研究助成を受け、以下の3つの課題を遂行すべく研究を進めた。第一に、独裁制下の選挙不正の決定要因についての研究である。独裁者は上に述べた「選挙のジレンマ」に直面している。豊富な経済資源を有する強力な独裁者は、経済政策をつうじてそれらを大衆に分配することで、選挙暴力・票の水増し・選挙法の非民主的制限といった選挙不正に訴えずとも、大衆の「自発的支持」を集めることが可能になる。このような支持動員能力の高い、「強い」独裁者は圧倒的勝利を得る可能性が高いため、選挙の情報便益を得るために選挙不正に頼らないインセンティヴをもつ。逆に、利益分配をつうじた動員能力に欠くあるいは動員力の高い野党からの挑戦に直面する、「弱い」独裁者は、大衆の自発的支持に頼れないため圧倒的勝利を維持し体制の脆弱性を隠すために選挙不正に訴える。
国際比較の統計分析では、3つの実証結果が得られた。1.天然資源などの不労所得あるいは豊富な税収をもつ権威主義体制は、選挙時の野党への暴力的抑圧・メディアの規制や与党票の水増し・選挙権の制限を含む非民主的な選挙法の制定といった選挙不正を控える傾向にある。2.この経済資源と選挙不正の負の相関関係は、経済分配の効率化を促進する組織力を備える支配政党を独裁者がもつとき、約3倍強くなる。3.野党勢力が暴動・ストライキ・デモなどの集合行為で動員力を示すとき、独裁者は選挙不正の水準を高める。さらに、経済分配の規模増大と支配政党の堅固化にともない選挙不正の水準が低下する傾向にあるカザフスタン事例研究を、量的データと聞き取り調査をつうじて充実させるために、フィールドワークを進めている。この研究のもととなる論文は、選挙不正研究の世界的大型研究プロジェクトの Electoral Integrity Projectと国際機関のInternational Institute for Democracy and Electoral Assistance (IDEA) より院生最優秀論文賞 (EIP/IDEA Award) が授与され、開発途上諸国の選挙に詳しい専門家コミュニティのあいだで成果が認められつつある。また、米国で最も大きな政治学会の一つである中西部政治学会にて、政治学全分野の院生最優秀論文賞であるWestview Press Awardにもノミネートされた。
第二の課題は、独裁制の選挙がいかなるときに抗議運動や独裁者の交代を促すのかについて検討することである。利益分配をつうじた大衆支持にしたがい選挙不正の水準を下げることができれば、体制の正統性を高め、選挙後の紛争の可能性を低くする。他方、利益分配の度合いに応じて選挙不正のレベルをコントロールし損なうと、選挙は抗議運動や指導者交代といった政治紛争をもたらすことになる。まず、独裁者の配分可能な資源が少ないにもかかわらず、それを補うに足るレベルの選挙不正を用いない場合、与党は圧倒的勝利を手にできず、場合によっては野党に対し敗北する。選挙による体制の脆弱性の露呈はクーデタや与党エリートの離反をつうじ、独裁者の交代をもたらしやすい。逆に、独裁者が利益配分で支持を得られるにもかかわらず、それを超える過度な選挙不正を用いると、選挙は有意な情報をもたらさず、選挙の情報効果が損なわれる。体制に不満を抱く人々は、独裁者の実際の強さを選挙結果により知ることができないため、抗議運動を起こしやすくなる。
国際比較の統計分析は、独裁者のもつ経済資源の大きさと実際の選挙不正の水準のあいだにギャップができるほど、選挙後に政治紛争が起きやすくなることを示した。1. 独裁者が過小な選挙不正を用いると、選挙はクーデタや体制エリートの離反や選挙の敗北により、指導者交代を促す。逆に、2.独裁者が過度な選挙不正を用いているとき、選挙は大衆の抗議運動をもたらす。カザフスタンは、経済分配の強化にしたがい選挙不正を手控える傾向にあったため、選挙が体制を堅固化した。キルギスの2005年「チューリップ革命」は、利益分配が弱かったにもかかわらず、選挙不正に頼ることができず、体制の脆弱性を露呈し指導者交代に至った。国際比較の統計分析の研究成果は、選挙不正研究を牽引するPippa Norris教授らの編集するContentious Elections: From Ballots to Barricadesに採用され、近刊予定である。
最後に、独裁制下の選挙制度の選択について検討を進めた。これまで述べた研究では、選挙暴力・票の水増し・選挙法の制約といった、あからさまな選挙不正の決定要因とその帰結を分析していた。しかし、独裁者は、こうした直接的な選挙不正だけでなく、選挙制度をつうじて間接的に自らに都合の良い選挙結果をつくり出すことができる。選挙制度と独裁制の統治の関係性を考えるために、これまでの独裁制の選挙理論を基礎とし、選挙制度選択をめぐる研究課題を設定する。すなわち、権威主義体制において、いかなる条件下で独裁者は小選挙区制から比例代表制あるいは比例代表制から小選挙区制へと選挙制度を変更するのか。いかなる選挙制度を選択するのかという問題は、20世紀初頭の先進民主主義諸国を中心に研究が進められてきたが、様々な選挙制度を採る権威主義体制の研究はいまだ不十分である。しかし、後述するように選挙制度の違いが議席配分、ひいては独裁者の生き残りの見通しに大きな影響を与えることに鑑みると、独裁制の統治を考えるうえできわめて重要な問題である。
研究助成により購入が可能になった資料を用いることで国際比較可能な選挙制度のデータセットがほぼ完成し、現在データをもとに分析を進めている。また、カザフスタンは、2007年に選挙制度を小選挙区制ベースから比例代表制に変更した選挙権威主義体制の事例であり、選挙制度改革前後を比較することで選挙制度変更のメカニズムの理解に役立つ。フィールドワークによる、カザフスタンでの聞き取り調査と選挙区レベルのデータ構築をつうじて、独裁制下の選挙制度変更に関する事例研究をおこなう予定である。
2014年5月