成果報告
2012年度
日本の個人主義はいかに孤独を生み出すか?文化心理学による検討
- 京都大学大学院教育学研究科 博士後期課程
- 荻原 祐二
グローバル化の進展により、欧米の制度や価値観が流入し、日本社会は個人の独立や自立をより強調するように変化していると言われている(個人主義化)。例えば、企業における成果主義制度や、教育現場における子どもの個性を強調する制度が増えている。こうした社会の変化は、日本人にどのような影響を与えているのだろうか?
これまでの研究から、アメリカと異なり、日本において個人主義傾向が高い人は、親しい友人の数が少なく、幸福感が低いことが明らかとなっている(Ogihara & Uchida, 2014, Frontiers in Psychology)。同じ個人主義であっても、元来の文化・社会的背景が異なるために、人々に異なる影響を与えていると考えられる。この知見の妥当性を高めるため、3つの研究を通して日本社会における個人主義が対人関係の希薄さや幸福感の低さと関連しているのかどうかを先行研究とは異なる手法で検討した。具体的には、社会と人々の心理傾向の変化を直接検討するために、これまでに蓄積されてきたデータを分析した(二次分析; 研究1)。加えて、過去の経験や意味の集積である個人主義のイメージを日本とアメリカで比較した(研究2)。その上で、日本における個人主義のイメージをより詳細に検討した(研究3)。
研究1:日本社会の個人主義化に伴って幸福感は低下しているか?二次分析による検討
これまでに蓄積されてきた1964年から2011年までのアーカイブデータを用いて二次分析を行った。個人主義傾向を示す指標として、単独世帯の割合(厚生労働省, 2013)、離婚率(国立社会保障・人口問題研究所, 2013)などを用いた。幸福感を示す指標として、生活満足度(内閣府, 2013)を用いた。
分析の結果、一見すると個人主義傾向と幸福感には関連が見いだされなかった。しかし、経済変数(一人当たりGDP)を統制すると、個人主義傾向が高い年ほど幸福感が低いことが明らかとなった。さらに、この関連は経済成長が停滞し始めた1990年代以降において顕著であった。
研究2: 個人主義のイメージの比較文化研究
日本とアメリカにおける人々が持つ個人主義のイメージを比較した。まず、京都大学の学生とアメリカのデラウェア大学の学生に対して、個人主義という言葉への印象と、個人主義の内容や意味に関する短い文章を作成してもらった。その結果、アメリカよりも日本において個人主義はよりネガティブに捉えられていた。さらに、文章の内容分析を行ったところ、アメリカでは個人主義はユニークさや自分らしさと捉えられていたのに対し、日本ではわがままや孤独を招くものと捉えられていた。
加えて、Googleの検索機能を用いて、個人主義という言葉が他のどのような言葉と共起しているのかを日本とアメリカで分析した。その結果、アメリカよりも日本において個人主義は「不幸」や「わがまま」、「孤独」といった言葉と共に用いられる割合が高いことが示された。
研究3: 日本における個人主義のイメージの検討
16歳から69歳の日本人参加者に、個人主義という言葉と個人主義的な人へのイメージを報告してもらった。その結果、年代間でほぼ一貫して、個人主義的な人は、「独立した自由な人」と「他者との関係性を損なっている人」という両義的なイメージを持たれており、個人主義は概してニュートラルに捉えられていた。一方、他者が個人主義に対して持つイメージを推測してもらうと、他者は個人主義をネガティブに捉えていると推測する傾向にあることが示された。日本において個人主義が孤独を生み出しているのは、個人主義に対する自分の態度と他者の態度の予測に乖離があるためと考えられる。
まとめ
これら3つの研究から一貫して、日本においてはアメリカと異なり、個人主義が対人関係の希薄さや幸福感の低さと関連していることが示された。少なくとも現在の日本社会においては、個人主義がポジティブに機能していない可能性がある。
本研究では、日本における個人主義と対人関係、幸福感の関連について検討したが、共変している変数が他にも存在する可能性がある。よって今後は、個人主義のみの効果であることを実証するために、他の要因を統制した状況で個人主義が対人関係や幸福感にどのような影響をもたらすのかを実験的に検討することが必要である。
2014年5月