成果報告
2012年度
いわき市平高久・沼之内(滑津川・弁天川流域)地域総合調査
- いわき地域学会代表幹事
- 吉田 隆治
はじめに――いわき地域学会と地域総合調査
いわき地域学會は昭和59(1984)年に発足した。本会は、いわきという地域を調査、研究の対象とし、歴史、民俗、考古、地理、地質、植物、動物など、多くの学問領域にわたる調査、研究活動を行い、地域のさまざまな事象を総合的に解明し、その成果を市民に広く公開し、将来に確かな記録を残すことを目的に結成された。現在、約200名の会員を有する。
本会が実施している事業の一つに地域総合調査がある。これは、いわき市内の特定の地域を定め、会員が単独、もしくは、グループで調査、研究を行ったり、地域巡検などを開催したりして、それらの調査、研究の成果を1冊の報告書としてまとめ、公刊するものである。
この取り組みはこれまでに一度、夏井地区を対象に行われ、その成果は『夏井地区総合調査報告』(B5判 461ページ 昭和63(1988)年刊)という1冊の報告書に集約され、公刊された。報告書には歴史(文書、仏教史、文学、近代行政)、美術(仏像、仏画)、民俗(伝統芸能、言語、石仏、石塔)、考古(根岸郡衙跡、夏井廃寺跡、条理制遺構)、地質、地理、植物、鳥類など、多方面にわたる学問領域の論文や報告文23編が所収された。
「高久・豊間地区総合調査報告」の概要
今回、地域総合調査の第2弾として、高久・豊間地区を対象地域とするものを行った。
平成23(2011)年3月11日、東日本大震災が発生し、調査、研究の対象地区である高久・豊間地区は勿論のこと、いわき地域は地震、津波、そして、東京電力福島第一原子力発電所の放射能事故によって、複合的で、甚大な被害を蒙った。
このため、「高久・豊間地区総合調査報告」には「東日本大津波が新舞子浜海浜植物に与えた影響」「豊間の獅子舞―東日本大震災からの復活」「東日本大震災津波被害報告―古代『磐城郷』の被災・大津波第三浜堤に達せず」「私記録(日記)『私の東日本大震災と避難所生活』」など、東日本大震災が地域の人々や社会、さらには自然環境に及ぼした影響や、その後の動向などを伝える論文や報告文も所収した。
「高久・豊間地区総合調査報告」の内容
本編は大きく、自然環境編と人文環境編に分かれる。
自然環境編には、
「高久地区の自然林・二次林等の植生概観」(尾島將司)
「高久地区周辺の水湿地生植物」(薄葉満)
「高久地区の植物(平成16年〜20年)」(深澤榮子)
「東日本大震災は新舞子浜海浜植物に与えた影響――特に平大越・平高久・平沼ノ内地区の海浜植物に与えた影響について」(湯澤陽一、佐々木公一、菅野修三、深瀬元靖、古川眞智子、櫛田正行、湯澤幸代、根本秀一)
「高久地区の鳥類について」(戸澤章)
「高久地区の昆虫――トンボ・チョウ・セミ・水生ホタル類の生息状況」(鳥海陽太郎)
の7編を所収し、人文環境編には、
「高久地域 人文・社会環境」(大谷明、田中寛一、助川道安、渡辺文久、田中敏晃、渡辺晃也)
「水祝儀と墨祝儀 沼之内、中ノ作、折戸、豊間地区での事例」(夏井芳徳)
「東日本大震災津波被害報告――古代「磐城郷」の被災・大津波第三浜堤に達せず」(矢吹道徳)
「私記録(日記)『私の東日本大震災と避難所生活』」(三浦雅人)
「いわき市平・豊間の獅子舞 東日本大震災からの復活」(夏井芳徳)
の5編を所収した。
「高久・豊間地区総合調査報告」の成果
先にも述べたが、今回の調査対象地区である高久・豊間地区を含むいわき市は、平成23(2011)年3月11日、東日本大震災、及び、東京電力福島第一原子力発電所の放射能事故によって、複合的で、甚大な被害を蒙った。
今回の調査、研究では、震災前の地域の植生や動物、さらには人文・社会環境、民俗行事などの分野で基礎的なデータが集約され、公けにされた。これらのデータは東日本大震災や放射能被害を受けた地域の環境が今後どのような変化を遂げるのか、将来にわたって、それらの推移を把握する上での重要な基礎資料となる。
また、今回所収された論文や報告文のなかには、東日本大震災による被害の実態や影響を把握したものがある。これらは今後、被災地の復興を進めるうえで、大きな示唆や教示を与えるものとなることが推測される。現に、甚大な津波被害を受けた地域での新たな緑地整備計画の策定作業のなかで、「東日本大震災は新舞子浜海浜植物に与えた影響――特に平大越・平高久・平沼ノ内地区の海浜植物に与えた影響について」に盛り込まれた研究成果の活用がなされている。また、「いわき市平・豊間の獅子舞 東日本大震災からの復活」では、津波の被害を受けた豊間地区での獅子舞の復活の過程が報告されているが、当該地区の獅子舞の復活は、まだ完全なものとはなっていない。「地区まわり」と呼ばれる行事の復活は、まだ成し遂げられていない。これの復活はもう少し先のことになると思われるが、それについては今後、継続して調査、研究に当たる必要がある。
今後の課題
私たちは地域学の会、つまり、「いわき学」の会として、これまで調査、研究活動を展開してきた。こうしたなかで、昨今、いわき市内に「内郷学」や「好間学」、さらには市内各地域で地域学の芽生えが起こりつつある。
私たち、いわき地域学会は今後、それらの動きとの協働を目指している。
その意味においても、今後も、いわき市内の特定の地域にターゲットを絞った地域総合調査の手法は有効、有意義であり、継続していかなければならないと考える。
2013年9月