成果報告
2012年度
災害と民俗芸能
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その弾力的復興と持続へ向けた試み
- 追手門学院大学社会学部教授
- 橋本 裕之
はじめに
本研究は2011年の東日本大震災で生じたコミュニティの損壊を、民俗芸能、祭礼といった現地の文化的な資源を用いて復興するという実践的なテーマを掲げ、岩手県下閉伊郡普代村を拠点とする鵜鳥神楽の活動の調査・支援に焦点をあてたものである。その研究財源としては貴財団助成金のほか、文科省科学研究費、学内競争的資金などを組み合わせて用いている。従って、本報告も、そういった組み合わせの結果であることをご了承いただきたい。
研究成果等
本研究は、①情報基盤事業(聞き取り調査、芸能マップの作成、映像アーカイブ)、②「宿」の社会実験、③南海トラフ等によって発生する未来の災害へも適用可能な「文化復興モデル」の構築を目的としているが、①はほぼ達成、②は計画通り、③は部分的達成という結果となった。
①の聞き取り調査は、主として芸能の継承の問題にしぼって、神楽のみならず小学校等の教育機関に対して行った(川口明子、深渡理隆が担当)。そこでは芸能そのものの継承だけではなく、鑑賞者、支援者として芸能を支えていく人材の必要性も浮かび上がり、その結果として、さっそく小学校での神楽宿を実験として行うこととした(川口、橋本裕之)。映像記録は鵜鳥神楽の宿巡行に関して全て行ったが、編集されたアーカイブとしては2作できあがった(阿部武司、見市建)。②の場つくりは、本研究において根幹をなすものであり、まず遠隔地(大阪)での宿実験を西宮神社にて行った(橋本、中川真)。いまだ復興が十分ではない段階において、スピンアウト的に遠隔地で公演を行うことは、芸能が錆び付かず経済的にも効果がある点で、災害時の芸能のあり方のひとつのモデルを提示できたのではないかと思われる。しかし、最も重要なことは現地での宿が旧に復し、新たな宿を開拓することであって、それがコミュニティの復興を促す。平成24年度も宿の復興はままならず、4ヶ所にとどまったが、そのうち2ヶ所についてサントリー財団の助成金にて宿泊やポスター印刷などの運営経費を賄い、辛うじて成立した。しかし神楽の来演は地域共同体に大きな喜びや励ましを与えることを改めて確認し、今後の宿復興のための手がかりが得られた。③の文化復興モデルの構築については、都市部の住民を現地に誘導するチャンネルを作る方法、例えばクルーズ船による被災地訪問(芸能公演を含む)が挙げられるが、これは2013年9月に実施されることとなった(橋本)。また政策的な提案は、論文等で発表している(橋本、中川)。
今後の課題
以前から指摘されていることであるが、被災地、特に我々の研究対象である岩手県の民俗芸能に関しては、網羅的なデータ・アーカイブスがない。これは継続的な研究の基盤になるものであるから、この点での貢献を行う必要がある。また、震災後の民俗芸能の隆盛が一時的なものにとどまる可能性があるゆえに、伝統の継承、創造についての確かな道筋を示していくことも、日本文化を維持する観点から必要である。そういう点では、モデル提示も単なる震災対応ではなく、日常時に援用可能なものを用意する必要がある。
2013年9月