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研究助成

成果報告

人文科学、社会科学に関する学際的グループ研究助成

2012年度

福島県において生産された水産物のフードシステムに関する基礎的研究

福島大学人間発達文化学類 教授
初澤 敏生

 本研究は福島県において生産された水産物のフードシステムの基礎を明らかにすることを目的とする。
 主な対象とする相馬原釜漁港は福島県の漁港の中でもっとも大きなものである。漁船の復旧は早く、特に底引き漁船は現段階で29隻中22隻が稼働可能となっている。市場も2011年7月までに一部(1600㎡)を復旧させた。漁協では漁の再開にあたり、消費者の「安心」を得るため、操業海域の制限と魚種の制限を実施した。しかし、操業を再開したものの、水域や操業日数などに制約があることから水揚げは震災前に比べてわずかな水準にとどまっている。流通も大きく変化している。現在の主な出荷先は、市内が約50%、その他県内が約20%、名古屋が約15%、仙台が約7%となっている。この背景としては、風評被害対策としてまず地元消費を追求したことがある。
 相馬原釜漁港では21社の仲買商が取引を行っていたが、震災後、それらの弱体化が急速に進んだ。そこで、各事業者による入札制度を見直し、漁協と仲買商組合が相対で取引を行うと言う形を取っている。仲買商組合はそこでの売り上げを各事業者に分配し、利益を確保するという形を取る。販売にあたっては、各仲買商が水揚げされた魚種によって売り先を紹介している。また、加工にあたっては、技術にアンバランスな面があったことから技術のある企業がそうでない企業に指導を行い、技術水準の平準化を図っている。これらは企業秘密の共有化が行われていることを意味している。
 以上のような産業構造の検討から明らかになったこととして、流通の不安定さがある。仲買商による流通は水揚げされた魚種やその日の他港の水揚げの動向によって大きく変化する。現段階では福島県で水揚げされた水産物を流通過程で完全に把握し、検査体制を確立することはきわめて困難であると考えざるを得ない。すなわち、水揚げ時以外では放射線検査を実施することは難しい。水揚げ時の検査体制の充実が重要になる。報告者は現段階では、いくつかの方策を組合わせて対応していくべきと考える。まず、生産段階においては科学的調査に基づく漁獲水域と魚種の選定を徹底する。現在体系的に調査を行っているのは福島県水産試験場だけであり、その調査は限られている。研究機関を組織化し、体系的な調査を充実させていかなければならない。次に、水揚げの段階での検査体制を充実させていかなければならない。今後の操業海域や魚種の拡大にともない、現在の検査体制では十分なサンプル数を確保できなくなることが予想される。この充実が必要である。トレーサビリティシステムの導入も不可欠である。水産物の特性上、水揚時の検査は簡易検査とならざるを得ない。トレーサビリティシステムの導入は詳細な検査の実施と万一の場合の商品の回収を確保するものである。また、流通段階での追加検査も可能となる。
 これにあたって参考になるのが、北海道標津町で行われている「地域HACCP」である。これは地域で独自に品質保証体制を整えて行うもので、日本で最初に導入された地域ぐるみの水産ブランド保障システムである。福島県においても同様の体制を整えることが水産業の復興につながるものと考える。なお、この点については今後も研究を進めていく予定である。
 福島県のもう一つの主要水揚げ港である小名浜港では、2013年9月から試験操業が行われる予定で対応を進めてきたが、直前に明らかになった福島第一原子力発電所からの汚染水漏れによって試験操業を見合わせることになった。また、これにより相馬原釜漁港において行われていた試験操業も中止に追い込まれた。
 福島県における水産業の復興は予断を許さない状況が続いている。今後も継続して研究を深めていきたい。

2013年9月

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