成果報告
2012年度
政治的責任転嫁と国際紛争―北東アジア安全保障の比較・計量分析
- 神戸大学大学院国際協力研究科 教授
- 木村 幹
1.本研究の目的
日本の戦後補償、靖国神社参拝、従軍慰安婦問題、竹島や尖閣諸島の領土問題、日本の歴史教科書問題等、周辺諸国による日本への批判(本研究ではこれを「対日敵対行動」と呼ぶこととする)が激化している。そしてこれらの行動の原因としては、これら諸国が経済状況や政治状況の悪化等の問題を抱えており、これらの問題から自らの国民の不満を逸らすために「対日敵対行動」を利用しているのだ、という説明が時になされることになる。しかしながらこのようなマスメディア等で繰り返される「責任転嫁」に関わる議論の多くは印象論に過ぎず、また綿密なデータにより実証されている訳でもない。そこで本研究では「どのような条件の下で各国の政治家や政権は対日敵対行動を行うのか」という問いに答えるために、周辺諸国の対日批判を生み出すメカニズムに対しての分析を行うこととした。
2.研究において明らかにされた知見
本研究において明らかにされた事は幾つかある。まず中心的な分析対象となった韓国政府の「対日敵対行動」についてである。この点については少なくとも1990年から2004年までの韓国に対日敵対行動においては、韓国の経済成長率と韓国政府の「対日敵対行動」の間に有意な相関関係がある事が明らかになった。つまり、韓国政府には自国内の経済状況が悪化すると、より頻繁な「対日敵対行動」を行う傾向がある、という事である。この事は日韓間の歴史認識問題や領土問題の展開が、一見無関係に見える韓国側の経済的事情に影響されていた事を意味しており、今後の韓国政府の同様の行動を予測する上でも重要な示唆に富んでいる。
このような他国による敵対行動を齎すのは、単に経済的理由にのみあるのではない。韓国政府の行動に関わる研究と平行して行われた、日本側の戦闘機のスクランブルデータ回数を用いた研究では、周辺諸国からの領空侵犯が日本の首相交代期に増加している事が示されている。この事は日本国内の政治的不安定化が、周辺諸国をしてわが国の姿勢を「試す」為の敵対行動を呼び起こしている可能性を示唆している。
いずれにせよ重要な事は、一見、歴史認識問題や領土紛争とは無関係に見える各国の経済的状況の変化や、政治状況が日本の周辺諸国の行動に様々な影響を及ぼしている、という事である。周知のようにわが国の周辺におけるこれらの紛争は増加傾向にあり、その対策を考える上でも、このような研究を積み重ねる事が重要である。
3.研究の課題
とはいえ、これらの研究が日本の周辺諸国における「対日敵対行動」を十分に分析しているのか、と言えば幾つかの問題がある。第一は、そのメカニズムの分析が不十分な事である。即ち、ある特定の事象が周辺諸国の行動に影響を与えている事が明らかだとしても、それがどのようなメカニズムによりどのように齎されているのか、については1年間限られた期間に本研究では十分に迫り得なかった。この点はより詳細なケーススタディに基づく実証研究により補完される事が必要である。
また、分析はデータ上の制約から今から一定の過去に遡る時期に向けられており、それが現在進行形の事態とどの程度一致しており、また異なっているか、については十分明らかになっていない。この点については今後、新たなるデータセットの探求や開発、更にはそれに伴う分析の充実が期待される所である。
2013年神戸大学におけるシンポジウムでの発表論文一覧
Koji Kagotani, Kan Kimura, and Jeffrey R. Weber. "Diversionary Incentives and Japan-South Korea Disputes."
Koji Kagotani and Takeshi Iida. "Scramble for Security: Domestic Turmoil and Tensions in Interstate Rivalries."
Benjamin E. Goldsmith. "Domestic Political Institutions and International Conflict Behaviour in East Asia"
Atsushi Tago. "IOs Approval of American Use of Force and Foreign Domestic Support: A Survey Experiement."
Toshio Nagahisa. What Makes Japan Indecisive-- the Policies and Politics after Koizumi.
Han Dorussen. "Better a Good Neighbor than a Distant Friend? Scope and Impact of Regional Security Organizations"
Barry O'Neill. "Salient Gaps, Weapons Taboos and Arms Treaties."
Koji Kagotani and Yuki Yanai. "External Threats, US Bases, and Prudent Voters in Okinawa."
Erik Gartzke and Koji Kagotani. "Trust in Tripwires: Deterrence Capabilities and Costly Signals."
Arthur A. Stein. "Superpositionality in East Asia versus the Great European Peace: Great Power Competition and Transcending Rivalry Following World War II."
2013年9月