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研究助成

成果報告

2011年度

口承文藝が防災教育に果たす役割の実証的研究
― インドネシアと日本の事例を通じて

立教大学アジア地域研究所研究員
高藤 洋子

 災害文化研究の務めは、災害経験からの教訓を真摯に学び、次に起こり得る同様の災害による被害を最小限にとどめることにある。持続可能な社会づくりが課題となるなか、地域のアイデンティティーを後世に語り継ぐ努力を継続し、地震・津波などによる災害を地球全体の経験として共有することが重要である。
 本研究の目的は、人文社会科学の学際的知見を駆使してインドネシアにおける防災手法を創造すると共に、日本への裨益をも志向する国際防災協力を構築するための指針を得ることである。そのために本研究では、特に日本とインドネシアの災害伝承にみる教訓や災害知の継承のされ方および災害をめぐる生活や文化のあり方を、民俗学的手法や文献学的手法を組み合わせながら追求した。
 現地では、2004年のスマトラ沖地震津波において甚大な被害のあったインドネシア共和国北スマトラ州ニアス島と、過去における災害経験が「Smong (スモン)」という言い伝えとなって語り継がれ、犠牲者の少なかったアチェ州シムル島との比較を行った。具体的にはアンケートと聞き取り調査により災害経験からの教訓や伝承が被災経験や教訓の記憶の風化を防ぐのに有効であることを見出し、口承文藝が防災教育に果たす役割を実証した。
 成果は報告書、学会およびセミナーにおいて発表した。特にシムル島の「Smong」についての内容や伝承形態などは本邦初の発表となった。
 前述の研究成果を踏まえ、両島で地域の歴史や文化に配慮し日本の経験を活かした防災手法の確立を目指した。その一歩として、ニアス島では同島の伝統舞踊を活用した防災歌およびダンスの創作を住民とともに検討し、実施した。本研究ではニアス島に先祖代々伝わる石文化の存在も明らかにした。その石文化は情報を伝達するツールでもあり、古くから生活様式や儀式、法律等を伝授してきた。日本では明治三陸大津波(1896年)の後、津波による被害や教訓を後世に伝えるため、数多くの石碑が建てられている。ニアス島における応用を考慮し、石文化を活用した防災教育についてもインタビュー、アンケート調査を行った。そして減災のメッセージを後世に残す媒体としての石碑の優位性を確認した。
 シムル島における調査では、1907 年の地震・津波の際に誕生した伝承「Smong」が、地震後の津波の発生を警告し避難を促す内容となっており、島に伝わる「Nandong(ナンドン)」と呼ばれる叙事詩や子守唄としても受け継がれてきたことを明らかにした。また「Smong」を後世に伝え続けるため、100年もの間に様々な努力がなされたことや、さらに東日本大震災(2011年)のことが内容に加えられ継承されていることを確認するに至った。 
 災害が発生する度に問題となるのは「記憶の風化」である。この重要な課題に応えるためには、災害経験やそこから得た教訓を語り継ぎ醸成させていくことが要である。日本とインドネシアには震災の経験を風化させず、災害文化を確立しようという様々な事例がある。研究過程で両国の災害文化には多くの共通点が見られることがわかった。
 今後は両国の災害文化に関する歴史を紐解き比較する。そのうえで諸分野に及ぶ関係者と議論を重ね、災害文化を映像アーカイブズとして後世に伝えていくことも加味する。このことは地震多発国の両国に示唆を与えることになると確信している。

2012年9月

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