成果報告
2011年度
近代東アジアの形成と翻訳概念
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東西の国際関係と外交交渉を中心に
- 京都府立大学文学部准教授
- 岡本 隆司
外交は今も昔も、異なる言語の間で行われるため、翻訳が必要である。交渉の場での意思疎通から具体的な事物・抽象的な概念の表現に至るまで、翻訳を経ないものはないから、それを通じて構成される対外関係や対外秩序も、翻訳概念でできあがっている、といえる。
本研究はそうした対外秩序の構造を明らかにするため、とりわけ19世紀東アジアの外交交渉を中心に、翻訳と概念形成の過程を具体的にあとづけ、それが現実政治に与えた影響を考察した。東アジアは古来より中国中心の漢字文明圏でありながら、このとき異なる言語・思考・文明の体系をもつ西洋が押し寄せ、わが近代日本の国家国民が西洋を「翻訳」するなかから誕生し、その文明全体を転換させた、という史実が厳存するからである。
ただしそうした東アジアを考える場合、その交渉・関係の先例・モデルはほとんど中東起源のものであり、それとの関係の考察、ないし比較対照を抜きにしては、近代の東アジアひいては20世紀の国際関係の形成を周到に理解することができない。そこで本研究では、近代の東西を同時に考えるべく、異分野の研究者が一同に会し、複合的な視点から政治外交と翻訳概念の具体的な関係を検証議論した。
研究の経過・成果および今後の課題
研究期間中に国際ワークショップをふくめ、都合6回の研究会を開催して、研究代表者・共同研究者によって以下の研究成果が報告、確認された。
・19世紀にいたるオスマン朝とバルカン諸国との宗主・付庸関係
・19世紀のロシア極東進出の行動様式と翻訳との関係
・国際法における「宗主権」概念の推移
・日清戦争前後における日本の外交概念と清韓宗属関係認識
・モンゴル独立における「自治」「自主」「独立」の翻訳概念
・チベットに関わる「主権」「支配」概念と領域・境界認識
・中国における「主権」「領土」概念
いずれも19世紀の歴史過程、および20世紀の東西アジア国際秩序の形成と推移に、重大な関わりをもつ論点である。
とりわけ、6月末に台北の国立政治大学歴史学系で開催した国際ワークショップは、オスマン朝・日本・モンゴルに関わる研究報告を中国人の研究者とともに論評、討論したものであり、翻訳概念と近代東西アジアの世界秩序・国際関係のありよう・変容との関連について、多くの知見を得、いっそう理解を深めることができた。
以上の研究活動を通じて、国際関係・外交交渉をめぐる近代の東西アジアと翻訳概念の関係に、ひとまず具体的・概括的な見通しはつき、一貫した歴史過程としてとらえる視座を得ることができたと考える。
そこで次の段階として、そうした研究成果を学界、社会に還元すべく、研究会メンバーによる論文集「宗主権の世界史」(仮題)を編集公刊する計画である。すでに具体的な企画を立案し、各メンバーの執筆・寄稿を待つのみとなっている。この論集を完成、刊行して、実質上2年間におよんだ本研究をしめくくりたいと思う。
2012年9月