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研究助成

成果報告

2011年度

庭空間の公共性について
― イギリス近代社会を事例として

兵庫県立大学環境人間学部教授
石倉 和佳

 本研究は、イギリス近代社会の「庭」(garden)の空間における潜在的な公共性について、学際的視点から考察するものである。「庭」(garden)とは、耕作され美しく整備された土地や空間を広く指すが、作物を生産する場(畑)と未分化な時代を経て次第に洗練され、美しい緑や花々のある瞑想や逍遥を楽しむ場所として作られるようになった。イギリス庭園研究では、十八世紀の風景式の様式成立に多くの関心が寄せられてきたが、十九世紀初頭のロマン主義の時代以降の庭園文化や庭園思想は十分に掘り下げられてこなかったのが現状である。これはこの分野の通時的視点の欠如とも考えられ、19世紀以降のイギリスの庭園について思想史上の枠組みが見えにくいことにもつながっている。とはいえ公共性というテーマから考えれば、十八世紀に完成したイギリス風景庭園の空間設計上の意匠がその後のイギリスの郊外住宅地の設計や公園の設計などに生かされていったことなどは、イギリスの庭空間の変化と発展を時代の流れと共に捉える一つのポイントとなっている。
 歴史的に見れば、庭は囲い込まれた空間であり、そこを所有する主体が意味や機能を付与してきた経緯がある。王権の支配を表象する整形式の庭園空間から、見はるかす眺望を持つ風景庭園を経て、市民の公共空間としての「公園」の登場まで、イギリス近代の庭園史は、囲い込まれた空間が、市民社会の要請の中で様々にその意匠や社会的意義を変化させてきた歴史としても捉えられるのである。
 庭空間の分析や庭園文化への考察は、単一の学問パラダイムでは包括できないものである。庭園意匠から園芸植物まで、庭の空間への視点は多岐にわたる。本研究では助成期間中に、研究会による学際的交流を横軸に、「庭の場所論」と題した講演会を縦軸として多角的に議論を深めた。庭は、一つのコミュニティの活動領域と他の領域との間に機能する緩衝空間と捉えることもできる一方で、地図上に面的に広がる空間においては庭(自然を感じる心地よい空間)と庭でないものとの境は限りなく曖昧である。これらの知見から分かることは、庭の空間に独立し自律的な場所としての意味を見出す行為は、個々の人間による極めて主体的な営為であることであろう。今後は、公共の緑空間の設計が様々に追求されたイギリス十九世紀における庭の思想を掘り下げるとともに、現代社会の中で庭の空間の創成と継続を担う主体的な参加の在り方について検討する予定である。庭空間が私的でかつ同時に公共空間ともなりうるといった多重の意味を持つとき、そこには現代のアメニティ思想につながる環境共生へのまなざしが存在すると考えられる。

2012年9月

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