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研究助成

成果報告

2010年度

芸術と地域社会
― 日本と東アジアの比較研究

大阪大学大学院人間科学研究科GCOE特任研究員
吉澤 弥生

 グローバル化に伴い、これまで育まれてきた地域固有の文化や風土が失われつつある中、地域におけるアートプロジェクトが日本各地に広がっている。地域産業活性化や観光や美術教育など、目的も内容も様々だ。そんななか注目すべきは、明治期に西洋より輸入された「芸術」概念では語れないような作品やプロジェクトが、あるいは美術館や市場という既存のシステムに収まらない形で社会と直接に関わり表現活動をおこなうアーティストが出現していることである。現在、日本だけでなく東アジア各地にも見出せるこうした活動は、地域に根ざす知恵や技、価値観、潜在する歴史を再発見するだけでなく、関わった人自らがその文化を涵養し、持続可能な地域社会を創成するために必要不可欠な営みといえよう。
 本研究は、欧米の「芸術」とは別のルーツに関わるこうした芸術活動の可能性を探究すべく、日本と東アジア各地の事例を調査するものであり、本年度は2年目にあたる。研究メンバーは、社会学をはじめ地理学や人類学の若手研究者と、キュレーターといった現場の実践者から構成され、研究とアートプロジェクトとを往還させつつ深化させていくことが目指されている。また、このテーマを掲げた背景には、2006年度「アートプロジェクトの事例に基づく文化事業評価のあり方」、2007年度「現代社会におけるパブリックアート」の各研究助成を受け、大阪の事例の参与観察と欧米の事例調査をすすめるなかで、現代の日本の芸術の現在と未来像をとらえるためには、欧米とは別の文脈、なかでも地理的に近しい東アジア各地の芸術のあり方をふまえる必要性を確認したという経緯がある。
 本年度は、前年度に引き続き台湾各地、別府、大阪のフィールドワークをすすめるとともに、福岡と釜山のつながりに注目し、関係者へのインタヴューと現地の文化事業の調査を実施した。とりわけ釜山では公共事業としてのアートプロジェクトだけでなく、オルタナティヴスペースも活発に活動している実状を把握した。一方で、沖縄と台湾、香港をつなぐ島嶼文化のありようにも目を向けつつ、各地のアートプロジェクト、アートNPOや美術館の関係者へのインタヴューを実施した。そこでは、ときにNPOや美術館といった「近代社会」的な組織とのコンフリクトも生じつつ、各々の表現活動が続けられていた。
 現在、こうした各地の事例調査結果、前年度のシンポジウム「流れ出るアート」のテキスト、そして考察からなる報告書を作成中である。考察の論点は3つある。
(1)とくに韓国や台湾では、いわゆるファインアートから暮らしの中の表現まで、多様なアートが出現している。その背景には、都市間競争の激化を背景とした各地の文化政策の重点化がある。
(2)本研究チームの主たるフィールドである大阪に発し、別府、沖縄、台湾、香港へと、一方では福岡、釜山へという「流れ」には、古来からの歴史的地理的な関連性、連続性が見いだせる。
(3)各地の調査からは、地域に根ざした知恵、技、価値観の表現、つまり「西洋美術」とは異なる芸術の流れを見いだすことができる。ただそれらがグローバルマーケットにおいて「アジア美術」と呼ばれるときの、政治的経済的な価値のありようも見逃せない。
 なお、この報告書は完成後、関係各所に配布する。また成果公表という点では、各メンバーがそれぞれのテーマに沿ってこの調査研究の成果を今後も発表、展開していく所存である。

(2011年9月)

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